コラム・エッセイ
過剰反応
新しい出会いに向けて-この町・あの人・この話- 浅海道子日本と韓国の関係がおかしくなっている。朝から晩までニュース番組はどこも関連ニュースで埋め尽くされている。毎度のことながら、同じ話題を各局競い合ってことさらに誇張して目と耳を奪い視聴率稼ぎに奔走するのはご苦労さまではあるが、弊害も多い。まるで全国民がこの話題に集中し、報道の論調が国民の意見を代表しているかのように錯覚させられるからだ。
その象徴的な出来事が、韓国でのU―18世界選手権大会に派遣された野球チームの「日の丸隠し」だ。大会に参加した日本代表チームが、日の丸マークと「JAPAN」の表示のないシャツを着て韓国に入国したことに様々な議論が起こった。険悪な情勢の中で日の丸が目立つと選手達に危険が及ぶかもしれないと考えた派遣団体の幹部が配慮した措置らしいのだが、それを肯定して「好ましくないが、仕方がない」とする意見と、政治とスポーツは別世界。政治的要因から生じた感情の対立をスポーツに持ち込むことは間違っている。
政治の世界の問題に関わりなく、これまでと変わりない気持ちでスポーツ交流に臨むべきだという正論が交錯する中で「日の丸表示まで外して参加することはない」という主張がなされたと報道された。
この気持ちは恐らく多くの人の心の底にあると思う。もしも日の丸外しが主催国側から要求されたものであったなら、即刻きびすを返して不参加・帰国の判断をしても責める気持ちにはならない。だが、「こんな時期だから、主催国の感情を荒立てないよう日の丸は外して行こう」という忖度の結果の判断なら、それは勝手な思い込み、過剰反応というものだ。政治的関係が良好でないことと、国名・国章を外して参加することをつなげる理由がないからだ。逆の場合を考えてみれば明らかなことだろう。
この出来事についてのもう一つの大きな問題は「日の丸を外して参加など、しなくてよい」と声高に主張したのが、政権の要職にある国会議員だったということだ。政治的対立の方針を定め、経済的対立に拡大し、沈静化の努力もせず問題を煽っているのは政治家達で、自分たちの努力・能力不足がもたらした事態で本来必要のない困難を若者たちに強いているのに、自分たちのせいで余計な心配をさせて申し訳ないと頭を下げるのでなく、自分が庶民の感情を代弁するとばかりに声を上げる。
こんな為政者や権力者がはびこって、やがて悪夢の時代の再来へと繋がって行くのだろう。権力の座にある者は常に謙虚さと自省の心を持って発言することを心がけるべきだと思う。
(カナダ友好協会代表)
