コラム・エッセイ
記憶の継続
新しい出会いに向けて-この町・あの人・この話- 浅海道子8月も残りわずか。温暖化、異常気象と言われながらもこれからは1日1日と秋への行程を辿ってゆくことだろう。8月は6日、9日と二度の原爆忌、15日の終戦の日と、戦争の記憶をよみがえらせ、戦争の悲惨さを知る思いを新たにする時が続くのだが、時間の経過に伴う記憶の風化は避けがたいことのようだ。個人の範囲では体験の記憶は長期間鮮明に残っていることが多く、後期高齢の時を迎えても、幼い頃の体験は断片的ながらもはっきりと記憶されていて、戦争によって受けた苦難や悲惨な思いは、普段は意識しなくなっていても、思い起こすことはいつでも出来る。だが、社会全体で共有する記憶となると、日々膨大な情報が発生する中で、その社会が余程大切なものだと意識するものでないと、記憶に残し、思い起こすことは難しくなる。
実体験をもつ人が少なくなるに従って、その事実の記憶も大切さの思いもその社会の中では薄められて、やがて風化されて失われてしまう。原爆投下・敗戦から74年経ち、戦争の悲惨さの体験者が社会活動の主要舞台から退くに従って、日本が再び戦争に至る道を選ばないことを決意した記憶が社会から次第に失われてゆき、何かと理由を見つけては、戦争の出来る条件を備えようとする動きが、年ごとに大きくなっている。
話は一転するが、米には大きく2種類あって、うるち米ともち米があることはご存じだろう。普段食べているご飯になるのがうるち米で、赤飯や餅にするのがもち米だ。農業のことについては体験はないので、実際のところは知らないのだが、もち米作りはなかなか大変らしい。うるち米の花粉をもち米が受粉するとうるち米になってしまうらしいのだ。だから注意し工夫して栽培しないと、やがてもち米はなくなってしまう。もち米が今も残っているのは、おいしい餅を食べたいという気持ちが社会全体にあって、その注意と工夫を続けることが出来ているからだ。
戦争の悲惨さの記憶もこれに似ている。戦争はしたくない、してはならないということを大切に思う気持ちが社会全体に保たれていなければ、戦争の記憶は社会の中で簡単に風化し忘れ去られ、再び同じ悲惨さを体験しなければならなくなるだろう。世に争いの種は絶えない。当事者はそれぞれ正義を主張する。しかし争いが戦争に至るのは決して正義と正義の衝突の結果ではない。戦争は、自分は安全なところにいて戦争で利益を挙げようとする輩が起こすのだということを確信し、争いの解決は武器を用いる戦争でなく、言葉を用いる交渉によることを主張してゆきたいと思う。
(カナダ友好協会代表)
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