コラム・エッセイ
迎霜月
新しい出会いに向けて-この町・あの人・この話- 浅海道子今日から11月。昔風にいうと霜月。先月末からの急速な肌寒さに、まだまだ昔ながらの季節の移ろいのリズムは崩れていないのだなと、安堵も覚える。
さて、今年の霜月。気候ばかりでなく日常生活に、政治の世界に例年になく動きの激しいことになっている。
新型コロナ感染症第5波が先月末、突然に、文字通りあれよあれよという間に終息し、にわかには信じがたく薄気味悪ささえ感じて、さあ、コロナ前の日常に戻ってもいいよと言われてもちゅうちょするような心境になっている。
そしてもう一つは政治の動き。この稿を起しているのは未だ投開票の前だから、今日は新たになっている衆議院の勢力図は分からないのだが、泣く党、笑う党、泣く人、笑う人、悲喜こもごもの中に新たな政治の仕組みが作られ、動きを始めて行くことだろう。
選挙といえば気になるのが投票率。かつては70%台であったものが今では辛うじて50%台。年齢層が下がるに従って低くなり、20代では30%台、新たに選挙権を得た10代も40%程度。1,000兆円を遙かに超えた累積赤字国債、将来保証の危うい年金制度、広がる貧富格差、様々な社会指標のどれを取っても将来不安につながるものが多く、その影響を被るのは若い世代。
この問題を解決するためには政治の力で社会の仕組みを変えなければならない。そのために動く議員は選挙で選ばれる。自分のために動く議員を選ぶためには自分が投票しなければならない。
なのに、なぜ投票しないのだ。若者たちの投票意識の低さ、政治への無関心を嘆き、批判するのは簡単だが、それはまさに「天に唾すること」。若者たちの政治意識が低いとしたら、それは若者本人よりも、必要な情報を与えず、政治に関心を持ち、投票することの重要さを教えてこなかった社会(国)、教育(学校)、家庭(親)の責任方が遙かに大きい。物事の重大さを理解する力がないのではなく、重大なことだということを知らせないから関心を持てないのだ。
自分達の将来にどんな問題があるのか、それを解決するにはどういう仕組みが必要か。その仕組みを作るために自分の1票がどれほどの効果があるのか。
社会が、教育が、家庭が、それを考える知識を与え、考える機会を持たせれば、若者ばかりでなく投票率は上がり、国の様子も変わることだろう。
(カナダ友好協会代表)
