コラム・エッセイ
札付き患者行状録
新しい出会いに向けて-この町・あの人・この話- 浅海道子親戚知人からの祝福メールを受けてめでたく迎えた誕生日に青天の霹靂(へきれき)のごとく病に倒れ、緊急手術を受け入院生活が始まったつれ合い殿。気ままな一人暮らしから3食付24時間完全看護の至れり尽くせりの横たわり生活になり、スマホやパソコンも持ち込みテレビも見放題。
何かしたいときにはナースコールを押せば看護師さんが駆けつけてくれるから何不自由なく日々の生活の不満も起こらないはずなのだが、この患者は看護師さんにとって取扱注意のラベルの張られた宅配荷物のようになっているようだ。
入院と同時に受けた緊急手術がうまくいったおかげで手と足の動きに支障はなく、細かい動きも自由に出来ることを確認するとそれまで続けてきた一人暮らしで身に付いた行動は何でも自分で出来るという自信がみなぎる。
身の回りのことを何でも自分でしようとするから、担当の看護師さんにとっては何か起こっては大変と、はらはらの連続状態になっていたようだ。
「何かしたいことがあったら自分で出来ると思っても自分で動かないで、必ず呼んでね。また同じことが起るかもしれないのだから」と言いさとされても「もう自分で出来るから大丈夫。早く退院したい」としか言わない患者の相手をしていると、いつ爆発するか分からない爆弾の入った荷物を運ばされる配達員の心境になる。できることなら「この患者危険につき全行動要監視」という警告札を首からかけさせておきたいと思っていることだろう。
まさに札付き患者にふさわしい存在となった我がつれ合い。リハビリ完遂のため転院した先の病院では反省の思いを深め「いい患者」を精一杯演じているようだ。
折角外してもらった警告札を二度とかけられることのないよう、あとしばらくは聞き分けの良い患者を演じ続けて、お世話になった皆さんの拍手を背に受けて晴れて退院の日を迎えられるよう頑張って欲しいと願っている。
この拙文を目にして下さっている皆様も自分の健康管理と体調維持は自己責任の思いを貫き、不幸にして青天の霹靂の病を得て入院生活を送ることになっても、看護師さんの言葉には素直に従って、「札付き」患者とならない「良い子」に徹していただきたいと願っている。
桜満開の季節になっても時に花冷えの寒さも到来するこの頃、みなさま御自愛の上日々ご健勝にお過ごし下さい。
(カナダ友好協会代表)
