コラム・エッセイ
言い分 それぞれ
新しい出会いに向けて-この町・あの人・この話- 浅海道子この数カ月間、山口県の名を一挙に全国に広めた北の小さな町、阿武町。1人の若者の口座に誤って大金が振り込まれ、その後繰り広げられた返せ、返さぬの攻防戦の展開が犯罪ドラマさながらの興味と興奮で、全国の目と耳が山口県に引き寄せられた。
誤送金に関わった町役場の関係者は責任の重さにいたたまれない心境だろうが、その後の展開は常人には想像できないものだ。こんなことが現実に起こることを知って、それが目の前で進んで行く様子を日々知ることが出来るので、次はどうなるのかと、新しいページをめくるような感興を、不謹慎ながら感じてしまう。
事件の経緯を知ってまず思ったのは、町の財政に影響を与えるほどの金額がたった1人に振り込まれて、それに気づくシステムがなぜ働かなかったということ。それに対する町役場の言い分は事務処理に詳しいベテラン職員が前年度末で異動していて、不慣れな新人職員が扱ったからというのだ。それなら事故が起こらぬようチェックできる体制にしておくのが当たり前で、この言い分はどこかおかしい。
そして誤送金を受けた若者。それほど時間はなかっただろうに、素早く大金を移し替えている。普通なら大した収入もない人の口座からの大金の送金には上限が設けられていて、一度に数百万円以上の金額を動かすのは簡単ではないはずだが、口座のある金融機関の言い分はどうなっているのだろう。
そして本人の用意した言い分は「もう使い切った.返せない」で、その言い分を正当化するためには買ったものの領収証もいるだろうに「ネットカジノで使った」と、領収書などあるはずもない使い先をとっさに用意できるとは驚いた。あらかじめストーリーを考えておいたのではないかと思うほどの不思議な言い分だ。
実際にお金の動きを見ると本人の言う通りのようだが、本当にこの若者1人でこれができたのだろうかと、事実とそれに関わったものの言い分の開きに驚くばかり。驚きの最後の一撃が、突然町に返ってきた大金。
わけのわからぬ展開で、大金を町に返した業者の言い分も全く伝えられず憶測が飛び交うばかり。ここがこの事件を最初の単純な構造から複雑怪奇に変身させた、最も大きな要因だろう。
たとえ被害金額が全部回収されたとしても、メデタシ、メデタシと幕引きしてはならないこの事件。担当の弁護士さんの手腕が賞賛され、一挙に有名になってこの事件を彩ることになったが、どうしてこのような展開になったのか、この弁護士さんの見解(言い分)も聞いてみたいところだ。
この事件の主役となった若者が現状を、これからの自分の関わりをどう考えているのか、言い分を聞いてみたい。
それと共にこれは興味からばかりではなく、この若者がこの事件をなぜ起こすことができたのか、それを可能にした金融機関の偽りのない言い分を聞きたいものだと思う。
(カナダ友好協会代表)
