コラム・エッセイ
感性豊かに
新しい出会いに向けて-この町・あの人・この話- 浅海道子ある状況に置かれた時にどんな行動をとるかは人それぞれで、積み重ねてきた経験を基に、その人に備わった理性と知性に感性が働く。その状況でどうすれば良いかを判断した結果が行動となり、行動パターンが人格を作ってゆく。
行動パターンは突き詰めれば理性的行動と知性的行動の組み合わせで、ある状況でどちらに重きを置いた行動を選ぶかはその人の感性による。理性的と言われる人がいつも理性的行動をするというのではなく、ある状況に置かれた時、何を重視して行動するかを選ばせるのは、理性や知性に基づく合理的な理由からではなく、その人に生来備わった感性によっているのだと感じる。
理性・知性・感性と並べると小難しくなって話が進まなくなるが、このことを改めて考えさせるようなことに触れ、感じ入ったので、ご紹介したい。
先日、突然の脳梗塞で緊急搬送・緊急手術を受け、辛くも一命を取り留めた我が連れ合い。搬送・手術が間に合ったのはちょうどその時刻に学習のために来宅した生徒さんが救急車出動を要請してくれたからなのだが、現場に直接居合わせたのではなく、戸外にいた生徒さんの判断で出動要請となったのだ。
退院後そのことを聞いた連れ合い殿、命の恩人に感謝を伝えながら、あの時自分はまだ意識はあって、大騒ぎにならないように、「救急車呼ぼうか?」と言う戸外からの問いかけに「呼ばなくていい」と答えていた。
それに応じて呼ばない選択もあり、軽々しく救急車出動要請することへの批判もある中で、要請をちゅうちょするのも自然。それで手遅れになっても、その生徒さんが心を痛める必要はない状況だったのだが、どうして要請するという判断をしたのか、改めて聞いてみたそうだ。
返ってきた答えは「私はその時、家の外にいて、中で何が起こっているのか分からなかった。呼ばなくてもいいと言われてもどんな状況か分からないし、どうすればいいのか私には分からない。それなら、状況のわかる人を呼んで判断してもらった方がいいと思ったから救急車を呼んだ」という。
目の前で倒れたのなら出動要請は常識的行動だろうが、要請しないのも合理的判断とも言える状況だったのに出動要請をした。なぜそうした方がいいと思ったか、その瞬間は筋道立てて考えることは難しかっただろうが、とっさにそう判断させたのはこの生徒さんの感性なのだろう。
単に親しい間柄だからというばかりでなく、とっさの行動を選ばせたこの生徒さんの感性に感謝すると共に、この感性をますます豊かに育てていってほしいと連れ合い殿と共に願っている。
本当にありがとう。
(カナダ友好協会代表)
