コラム・エッセイ
土産話(2) 八重洲地下街の怪人
新しい出会いに向けて-この町・あの人・この話- 浅海道子若返り似顔絵に喜んだ翌日のこととして語られたのは、一転して何とも不思議な出来事だった。
東京でのお定まりの行く先は、うたごえ喫茶のある新宿周辺と東京駅八重洲地下街で、その日は地下街に足を向け、ぶらぶらと歩きながら店先の商品や店員の動きを楽しんでいた。そして目を通りに戻したところ、前方から人並みの中に見覚えのある顔が見えた。
あれは確か半年前、東京での同窓会で60年ぶりに会った同級生だ(と思ったそうだ)。お互い面影も定まらないほどの変わりように驚きながら握手とあいさつを交わしたので、そうだ彼(Hさん)だと確信した。数メートルの距離に近づいて、相手も懐かしそうに笑いかけ、握手を交わした。
東北地方にいるはずの彼とここで出会った奇遇と感動を述べるつれ合い殿に、鼻が触れるほどに顔を近づけてきたHさん(と信じ込んだ人物)は思いがけないことを語りかけたそうだ。
「あんた、競馬はどうかね」
「TVで観ることもあるけれど、行くことはないし、賭けることもない。あまり興味はない」
「競馬は面白いし、もうかるよ。きょうもU競馬に行ってきて、ほら、この通り」
と、やおらポケットから分厚い札束を幾つも取り出して見せ、
「競馬は素人の方がもうかることが多いんだ。もうけ方を教えるから、ちょっと付き合わないか」
と、しきりに誘う。同窓会での印象とあまりに違うその言葉にさすがに怖くなり
「僕は賭けごとでもうけようとは思わないから、誰か他の人を誘ってくれ。今度また同窓会で会おう」
と言って別れたそうだが、この話はこれで終わりではなく、その話を友人のIさんにしたところ、それがHさんの友人に伝わり、確かにその日、Hは東京に行っていたとの返事を得て、地下街で出会ったのはHに違いないとなった。
そうか、やはり彼だったのか。でも半年前の印象とのギャップは何なのだろうと、つれ合い殿はある種の感慨にふける感じだったが、少ししてまた知らせがあり、この話をHさんの友人が本人に直接伝え、問いただしたところ、
「その日、八重洲地下街に行ったこともないし、競馬場に行ったこともない。浅海に会ったこともない。フェイクニュースだ」
と、一笑に付されたそうだ。
では、一体あれは誰だったのか。あの顔は確かにHだったのだがと、今もHさんだと信じつつ、でも話の内容は彼のイメージとは全然合わないことも事実だしと、八重洲地下街で起こったミステリーは今もつれ合い殿を悩ましている。
(カナダ友好協会代表)
