コラム・エッセイ
「自己責任」に思う
新しい出会いに向けて-この町・あの人・この話- 浅海道子フリージャーナリスト、安田純平さんがシリアで取材活動中に武装集団に拉致され、3年以上の拘束の後、解放されて帰国したところを待っていたのは「自己責任」の大合唱。
この言葉が好んで用いられるようになった大きなきっかけは、イラク戦争時に紛争地に入り、現地で反政府組織に拘束されたNGOメンバーの救出が話題になっている中で、時の総理大臣が、この状況を招いたのは彼女らの「自己責任」と批判したことだと思う。
それまでもこの問題に限らず、あえて危険を冒す行動に対して、その結果が当人に不都合なものになった時、それは当人が甘んじて受けるべきだという思いは、多少なりとも誰の心の中にもあったと思うが、それを声高に唱えて社会全体で非難するということはあまりなかったと感じている。
しかし、総理の発言後は違ってきた。何しろ最高権力者が先頭切ってこの言葉で非難したのだから、自分も心の中にしまっていたことを大声で言っていいのだと、お墨付きを得たことになり、さまざまな事例にこの言葉が非難用語として愛用されるようになった。
最高権力者の「自己責任」のひと言で、日本社会が拘束された人たちへの非難に向いていた時、アメリカの国務長官から「日本人はこの人たちを誇りに思うべきである」という発言があった。
イラク戦争を起こした当事者である米国高官の言葉なので、すんなりとは受け入れられない思いだったが、それでも政治の中枢にいる人のこの事件に対する認識の、日本との違いの大きさには驚かされたものだ。
そして帰国後の安田さんに対して向けられているもう一つの言葉が「謝れ」だ。大したことはしていないのに、自分の不注意で国に大きな迷惑をかけたのだから謝れということらしい。しかし、これ、順番が違うのではないだろうか。
遊びに行った山で道に迷い、行方不明になっていた子どもが数十日後に救出されたら、周囲はまずその子の無事を無条件で喜ぶのではないだろうか。危険な山道に勝手に入って行った。自己責任だ。随分心配もしたし、捜索費も莫大だったのだから、まず謝れ、と言うだろうか。
命の危険と直面しながら、不安の中でともかくも命を永らえ、無事帰ってきた。それを皆で喜び、恐怖に耐えた精神力をたたえることがまず先ではないのか。
戦後28年目、グアム島のジャングルで発見され「恥ずかしながら」と帰ってきた横井庄一さんに、誰か自己責任という言葉を浴びせただろうか。皆が驚き、その無事をただ喜んだと記憶している。
(カナダ友好協会代表)
