コラム・エッセイ
崩れた神話
新しい出会いに向けて-この町・あの人・この話- 浅海道子秋の到来は、昔は「忍び寄る」と表現され、汗ばむ暑さの中に、いつの間にか赤とんぼが飛び始め、ツクツクボウシの声とともに朝夕の涼しさを肌に感じ、いつしか山々を紅葉が彩るという風に、穏やかに、小刻みにという印象だった。しかし特にあまりの暑さに蚊さえ活動の羽を休めて潜んでいると伝えられたほどの近来にない酷暑と報じられた今年は、突然、涼風が吹き、あっと
いう間に秋がという感じだ。
辛うじて四季の区分は残っているが、近ごろ確かに気候が変だ。日本語には気象の微妙な違いを表す言葉が豊富にある。例えば雨の降り方には、お湿り、小雨、微雨、細雨、霧雨、ぬか雨、涙雨、大雨、豪雨、村雨、驟雨、など覚えきれないほどだが、これも気象の微妙な違いを日本人の細やかな感情が感知した結果なのだろう。
ところが最近の雨の降り方は「豪雨」の一語で間に合いそうな降り方が目立つようになった。これも異常気象の現れの一つなのだろうか。自然の情景を細やかに表現する美しい日本語が使われる機会が異常気象の中で失われていくのだとしたら、寂しく残念なことだ。
雨といえば、以前この欄で、ほぼ10年の歴史の中でこれまで1度も雨が降ったことがないという勝間市民センターでのうたごえ例会を紹介し、3の倍数月の第2土曜日は雨の降らない特異曜日だという“周南神話〟の話をした。
それからちょうど1年。その後も神話は順調に記録を伸ばしていたのだが、ついに終わりの日がやって来た。
先月の第2土曜日の数日前、天気予報では週末は降雨確実だったが、我がつれ合いは「天気予報が何と言おうと、うたごえの日に雨は降らない。こちらには10年の実績がある」と大見得を切った。
そして迎えたその日、予報通り、先日から降っていた雨が朝方小降りになると「これは!」と胸躍らせ、やはり止みそうもないとわかっても「いや、うたごえが始まるのは昼からだから」とわずかな期待を持ち続けていたそうだが、現実は厳しく、降り続く雨の中、スタッフ一同言葉少なく帰路についたとのこと。
これも異常気象のなせる罪か、ついに崩れた雨なし神話を無念そうに語るわがつれあい。だが、私にはもう一つ気がかりな神話がある。毎年10月第2日曜の「ゆめ風車祭り」、こちらも雨降りの記憶はほとんどない。
自分も関わるこの行事が今年も秋晴れの下で盛大に開かれるよう、神話の継続を祈っている。
(カナダ友好協会代表)
