コラム・エッセイ
スッちゃん
新しい出会いに向けて-この町・あの人・この話- 浅海道子〽サッちゃんはね さちこっていうんだ ほんとはね…
という童謡があった。何かの拍子にメロディーと歌詞が浮かんできて、声には出さないが頭の中で口ずさんでいることがある。
サッちゃんはどんな子なのか、いくつなのか、歌っているのは仲良しの友達なのだろうか、優しいお兄さんなのだろうかと想像を膨らませ、歌のリズムに乗りながら仕掛けた動作を続けると、調子よく進む気がして、時々お世話になっている。
次はスっちゃんの話。スっちゃんは我が家の学習室の古い生徒さんで、まだ小学生に上がる前からだから、童謡のサっちゃんと同じくらいの年頃からのお付き合いだ。
一人っ子で、その頃本人が自分のことをスっちゃんと言っていたかどうか記憶にはないが、なかなか難しい字の名前を私は「スっちゃん」と呼んでいた。中学3年生までいて、高校卒業後は志望の難関大学に進学して学業に励んだが、その間も連絡は続き、帰省の折には元気な顔を見せ、居合わせた生徒さんも含め、昔話や今の話に時を忘れた。
卒業後は学を究めるべく海外留学することになり、出発の数日前、多忙な日程の合間を縫って我が家に顔を見せた。私は会えなかったが、家にいた我が連れ合いと、異国での研究生活、日常生活について、興味の赴くままにスっちゃんの迷惑も顧みず、語り過ごしたのだそうだ。
1年余の留学生活を無事終え、帰国したのが新型コロナウイルス感染症一色の日本。移動もままならず、食事も会話もはばかられる中で、互いに時折消息を問いながら1年余りが過ぎていた。
そんな時、あと少しで9月を迎えるという日に突然の電話連絡。用があって、私と我が連れ合いが住むこの町を訪れるという。それが当然のように、用の合間に我が家訪問の時間をとり、我が連れ合いお気に入りの海鮮釜飯と、私の好きなピザの出前で迎えた。
久々に私と、病後リハビリ中の変わり果てた連れ合い殿と3人で、一つ一つの話に時には感情を込め、時には冷静に評を加えながら、賢者の鼎談にはほど遠いが、あくまで楽しく味わい深くと、時を忘れて語り続けた。
今月末から再び留学生活に入るというスっちゃんの語る研究話は私には脳細胞の表面に触れる程度の理解のものもあったが、それを語る口調や、自分の周囲をいつも冷静に観察し状況を把握しようとする様子は小学生の頃から感じていたスっちゃんと変わらず、あの頃の倍近くの年になった今も変わらない。
そしてこれからも、いつ会っても「スっちゃん」で通せるだろうと、語り続けるスっちゃんの瞳と口元を見続けていた。
スっちゃん元気でね。コロナを近寄せず、健康に気をつけて、いい研究生活を過ごして下さい。
(カナダ友好協会代表)
