2026年05月02日(土)

コラム・エッセイ

垣間見えるものは

新しい出会いに向けて-この町・あの人・この話- 浅海道子

 ある全国紙の紙面をめくっているうちに一つのコラム記事が目に入った。民間機関に天下ったらしい元高級官僚の投稿記事で、大阪での地震に伴う関連施設のインフラ機能損傷に絡めて、自然災害への備えについて語った一文だった。

 語られていることはもっともなもので、特段に評価・批判の対象となるものではないが、記事で語られる口調は、いわゆる役人言葉の名残プンプンで、ああ、この人は役人時代にはこういう姿勢で周囲に対していたのか、そして天下り役人というのは民間人となってからもこういう意識で職務に対しているのかと、こうした人たちの心の内を垣間見た思いだった。

 いわく「現役時代の担当任務の一つは防災で、その時起こった東日本大震災では数カ月にわたって被災者対応に『忙殺された』」そして現在は天下り先の組織の長として地震の際の対応計画の再検証をするように「指示を出したところ」なのだそうだ。

 高級官僚であるこの私が多くの大切な職務を抱えたところに大地震発生でその対応に「忙殺された」のだ。想定外の大災害で、死ぬほど多忙な目に遭ったが、自分はきちんと処理したぞという思いが伝わってくる。きちんとやり遂げられたのだろうからご苦労さまなことだが、何かしら見えない壁を感じる言葉だ。

 そして「指示を出したところ」である。自分が一言指示すれば、あとは部下たちが我が意を体して組織の隅々まで忠実に動き、すべてが指示通りに運ぶはずだという思いがあふれている。現役官僚時代の仕事ぶりも現職での振る舞いも、一つ一つの内容や結果には恐らく何の問題もなかったのだろう。

 だが、原稿用紙ほぼ2枚分のこの文の中に現れた「忙殺」と「指示をしたところ」の二つの言葉から、この人の、というよりも、いわゆる高級官僚と言われる人たちの気質や職務に対する姿勢に関して漠然と抱いてきた「してやる」、「させる」というイメージが明瞭になり、ああ、やっぱりと感じたものだ。

 何気なく使う言葉の中には、長年の習性となった自分の一面が如実に現れるものだ。他人事でなく、こうして文を書いている自分も、同じように本性を誰かに垣間見られて、密かに笑いを浮かべられていることがあるかもしれない。

 このコラムもそろそろ500回に近づく。ほぼ10年にわたってさまざまに思いつくままに書き記してきた。今さらどうしようもないことだが、言葉はそれを用いる人の本性を雄弁に語る。

 自分の用いている言葉には細心の注意をはらい、振り返って見なければと、自戒を込めて思う。

(カナダ友好協会代表)

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