コラム・エッセイ
危機管理考
新しい出会いに向けて-この町・あの人・この話- 浅海道子プレー中の違反行為とその後の対応のまずさから、競技関係者ばかりでなく所属大学の経営体質、組織のあり方まで問われることになったあの事件。不適切な危機管理のあり方が招いた事態ということだが、この大学には危機管理学部があって、看板学部の一つになっているというのは、ちょっと笑えないブラックジョークになっている。
身近にも、自分には無関係に思える遠方にも危険の種が充満している今の世の中、個人であれ、組織であれ、日常的危機管理の意識と備えは大切なこと。
いざという時はこれを持って逃げるのだと、懐中電灯にラジオ、家系図にラップフィルムとあれこれ詰め込んだ避難袋を身近に置いて日々を営む我がつれ合い。確かに避難袋は危機への備えとしては第一歩だが、危機を察知し、危機を避けるよう行動できないと、せっかくの備えもほとんど役に立たないことになる。
西日本一帯を豪雨が襲った今月初め、雨の予報は出ていたが、さほどの降雨はなかった福岡を、3日間の予定で訪れていた我がつれ合い。次の日、かなり激しくなった雨を見て、一瞬「予定を繰り上げて帰ろうか」と思ったそうだが、「これくらいの雨、特に珍しいことではない。あすになったら止むだろうから、無理して帰らなくても予定通りあすでいい」と思い直したらしい。
この時、テレビ報道に十分注意していれば判断は違っただろうが、身に迫る危機の察知を誤ったのだ。翌6日の朝、それほど激しくはない雨に安堵(あんど)しながらテレビ画面を見てびっくり仰天。昨夜から西日本一帯の記録的豪雨で新幹線、在来線、高速バス、高速道すべてストップ。復旧の目途は立たずだという。
雨の上がった次の日も、その翌日も、結局、5日間、福岡に足止めとなり、その間の予定のキャンセル連絡に右往左往していた。降り出した雨を見て、川があふれ、我が家が水没する危険を思うことも大事だが、この雨で交通網が遮断され、帰れなくなるかもしれない危険を素早く察知し、交通情報収集に走ることの方が適切な危機管理の心構えなのだということを、何もすることがなく、どこへも行けず過ごした数日間、つくづく思ったらしい。
足止めの期間中のこと、川の近くに住んでいて、避難指示が出た知人とその娘さんに一夜の避難宿を提供した。リュック一つでやって来た2人を迎えて早速に食事の準備をするつれ合い殿。日ごろ鍛えた腕前で手際の良いこと。冷蔵庫の余り物が材料とは思えない出来映えで、おいしいとの2人の反応に笑みがこぼれていた。
その後は中3の受験生の娘さん相手に臨時の数学塾開講。料理と学習指導、年季の入ったこの二つについては文字通り「備えあれば憂いなし」を示すことが出来て、危機管理の甘さを自覚して沈んだ気持ちが少しは慰められたようだった。
(カナダ友好協会代表)
