コラム・エッセイ
忘れてはならない日
新しい出会いに向けて-この町・あの人・この話- 浅海道子「日本人として忘れてはならない四つの日」…今上天皇が皇太子時代に挙げられたのは8月15日、8月9日、8月6日、そして6月23日で、それぞれ太平洋戦争終戦の日、長崎原爆投下の日、広島原爆投下の日、そして沖縄戦終結の日。
300万人以上の日本国民の命が失われた前の大戦、14万人の市民の命を奪った長崎原爆、24万人が犠牲となった広島原爆。そして大戦末期、日本国土での初めての地上戦となり、死者20万人と言われる沖縄戦。
国民のために祈ることを務めとしておられるという天皇にとって、この四つの日は忘れてはならない祈りの日と強く心に刻まれているのだろう。その思いはぜひ共有し、自分にとっても忘れられない祈りの日として、いつまでも記憶に残しておきたいと思う。
しかし、今生きている日本人として忘れてはならない日となると、さらに大切な日がある。5月3日の憲法記念日。
日本国憲法が施行された1947年5月3日を記念して国民の祝日となっているが、以来70年、今では4月末から始まるゴールデンウイークの中の一日というくらいの認識で受け止められていることが多いようだ。
この日の大切さを余り意識することなく連休が楽しまれることは、平和の具現であり、この憲法が目指した姿なのかもしれないが、休日が少ないから、増やしておこうといった動機で制定されたように思えるいくつかの祝日とは、意義も大切さも格段に異なるように思うし、伝統的な行事や意義深い日を共に祝うというのとも一線を画した特別な日だと思う。
今、私たちは(法を犯さない限り)行動の自由を保証されている。これでいいのかと思うくらいの権利も認められて、束縛の少ない生活を送ることが出来ている。しかしこの自由は、それを保証する法律があるからであって、法が変われば一瞬にして奪われるものだ。
意に従わぬ者の行動の自由を制限する法体制を作ることに常に虎視眈々(こしたんたん)の権力者に対して、それを防ぐ最後の砦(とりで)となっているのが憲法。その憲法をより良いものにするために見直すのは必要なことだ。このところの声高な憲法改訂議論もその一つだとは言えるだろう。
しかし、誰が、どのような意図で、どのように変えようとしているのかを知った上で議論に加わらなければ、大切なものを次々に失って、愚かな歴史を繰り返すことになりかねない。
そのことを自覚する上でも、多くの命の犠牲の上に得られた、今日の自由を保証している憲法の施行を記念するこの日は、日本人が決して忘れてはならない、大切な日だと思う。
(カナダ友好協会代表)
