コラム・エッセイ
後期高齢円周率
新しい出会いに向けて-この町・あの人・この話- 浅海道子遂にと言うか、とうとうと言うか、新しい保険証が届いた我がつれ合い。人生無事ここまで到達したことの証としてまずは喜ぶべきことのはずなのだが、あまり感動の様子はない。
「なぜ、3割なんだ」晴れて後期高齢者の宣告を受けると、医療費負担率は1割になると思い込んでいて、これが唯一のご褒美と期待していたのが、すっかり当てが外れて、憮然(ぶぜん)とした表情。退職金を一時金でなく年金方式で受け取ると、こういうことになるらしい。
でも、それだけ負担できる状態でこの日を迎えられたのだから、やはり喜んでいいことなのだろう。この世に4分の3世紀も生きていると、誰しもあちこちがたついてくる。全力疾走どころか、小中学校時代は運動とさえ思っていなかったラジオ体操をまともにやり終えることも難しくなっている。
かつては苦もなく出来ていたことが次第に困難になり、やがて思い出話の種になっていく。その繰り返しの中に今を迎えたのだが、最近の気がかりといえば記憶力の低下。人の名前がなかなか思い出せない、さっきまで手に持っていたものをどこに置いたかわからない。
こんなことが目立ち始めた我がつれ合い。手遅れにならぬうちにと、記憶力増進に取り組み始めた。π(円周率)の値を覚えるのだという。
3・14と教わった円周率は実際には小数点以下無限に続く数字で、どこかの大学の研究室で1兆けた以上も計算したということが以前ニュースになっていたが、それでもほんの一部に過ぎず、どんな高性能コンピューターを用いても計算し尽くすことは出来ないものだ。
そんな数字を記憶し尽くすことなど到底出来ることではないが、果てのない数字をどこまで覚えられるかで、記憶力の低下を防ぐ訓練にはなるだろうというのだ。
もう何十年も前になるが、ある大企業の研究所長が3・14から始まって、一万けたまでそらんじて見せる様子がTVで報じられ、驚き感心して見ていたことを思い出す。テレビ、舞台で活躍の俳優、伊東四朗さんも数年前、バラエティー番組で4千数百けたまで誤りなく書き記し、さすが膨大な台詞を暗記する役者さんは違うと、これも感心したものだった。
こんな先達に触発されたのか、円周率の数字を必死で覚え始めた我がつれ合い。近ごろでは百けたまであと少しのところまで来たと、うれしそうに語る。
某研究所長や伊東四朗さんのレベルに達するのはいつのことなのか、そもそもそこまで根気が続くのか、大いに疑問だが、でも、こんな気持ちがある間は、体の老化はともかく、頭の老化は少しは押さえられるだろう。せいぜい頑張って下さい。
(カナダ友好協会代表)
