コラム・エッセイ
適材適所
新しい出会いに向けて-この町・あの人・この話- 浅海道子国有地不当廉価払い下げの森友学園問題、学部新設の異例優遇認可の加計学園問題、いわゆる「もり・かけ」問題に、最近発覚したスーパーコンピューター開発にまつわる補助金詐取の「スパコン」問題、これらを合わせて「炭水化物」問題と揶揄(やゆ)することもあるという。
スーパーコンピューターを縮めてスパコン、これをスパゲッティーになぞらえて、盛りそば、かけそば、スパゲッティと、炭水化物のオンパレードということらしい。国有地払い下げに関わる疑惑が表面化して1年。政府・官僚必死の防戦で、炎上落城は免れた感があるが、完全鎮火もせず、いまだにくすぶり続けていて、国会でも追及が止まらない。
その追及の中、疑惑の渦中で関係文書の開示を求められながら「文書は廃棄」で押し通し、政府を守った形の担当部門の局長が、その後ほかの部署に栄転しているのをとがめ、辞任させよという要求があった。
これに対する回答は「(この人事は)適材適所の結果。彼は務めを立派に果たしている。(だから辞任の必要はない)」というものだった。
この回答にはさまざまな意味を感じる。この前局長の栄転先は国税庁長官。誰もが出ししぶる税金を確実に徴収するため、関係書類を厳しくチェックし、領収証一枚欠けていても申告内容を受け付けない怖い相手で、「あのー、それはもう廃棄してしまって、ありません」などの言い訳は一切通用しない。
そんな部門の最高責任者の椅子に「関係文書は廃棄しました。ありません」で押し通した人が座っていていいのだろうか。まるでブラックジョークのようだと、私も感じる。なぜ適材適所なのだろう。
その鍵は「適材」の解釈にあると思う。政治の役目は国民の生活に最善の結果が得られるよう国の運営を図ることで、そのためにしなければならないことを誤りなく実施するために適切な人材を各部門に配置するのが、政権担当者の務めだと思う。それが適材適所の本来の姿のはずだ。
今回追求されている人事の当事者の行動と新任部署の職務とは、庶民感覚ではかなりのギャップがある。それにもかかわらず「適材」だと言うのは、適材の意味が違うからで、この回答での「適材」は「しなければならないことをする」ための適材ではなく、「自分(為政者)がしたいことをするための『適材』」だということ。
さまざまに忖度(そんたく)して、必ず自分を守ってくれる、そのために適切な人材。だから私にとって彼のいるところはどこでも「適所」だということか。
でも、こんなことでいいのだろうか。「したいこと」よりも「しなければならないこと」を優先する政治の実現のために、何をすればいいのだろうか。
(カナダ友好協会代表)
