コラム・エッセイ
年の初めに
新しい出会いに向けて-この町・あの人・この話- 浅海道子遅ればせながら、明けましておめでとうございます。新年もはや半月。1年の24分の1.4%強があっという間に過ぎ、まことに時の流れの速さは驚きを超えて恐ろしいほど。
時間の経過は超高速の世界では一様ではないらしいが、日常生活の中では誰にとっても、生物一般、無生物の世界も一様で、どの一瞬も区別はないと思うのだが、それを一日、一週間、一月、一年と区切ることで、その区切りに特別の役割を持たせることができる。
その上さらに、明治、大正、昭和、平成と、自然の運行とは別の時間の区切りを設けることによって、本来は等しい時間の経過に、明治時代、大正時代、昭和時代、平成時代と枠を作り、同じ時代に属する者同士に不思議な連帯感を生じさせ、異なる時代を生きた人たちとは妙な区別意識を持たせたりする。
かつて親や祖父母の世代では明治、大正、昭和と三代にわたって人生を歩む人たちがいて、まるで生きた化石、歴史を背負って生きている人のように感じたものだが、今、自分は昭和、平成を生き、そして二年後には確実に三つ目の時代を歩んでいるのだから、自分も歴史の背負い人の仲間入りをすることになる。
現在、世界で、いわゆる元号を設けている国がどのくらいあるのか知らないが、実生活での多少の煩わしさはあるものの、人生の中で時間の組み合わせを豊かにする働きはしていると思う。新しい年号が何になるのか、発表はこの前と同じように墨痕鮮やかに大書された新しい元号を額縁に納めて官房長官が掲げるのだろうか。興味は尽きない。
今ではもう去年となった昨年はあっという間に過ぎたが、相変わらずの忙しさの中に、時の流れをひとしお感じさせる一年だった。息子が召されて一年が過ぎ、その間に寄せられた多くの方々の慈しみのお気持ちの中で、故人の意志を具体化するための研究助成制度が、所属していた学会の中で実現する運びとなったことは大きな喜びだった。
一方、長年携わっている若者支援事業に関しては、事業の理念と、ひたすら効率を求める国の姿勢との隔たりが大きくなり、社会的弱者となっている若者たちが自立できる心を持てるようになることを重視する現場の気持ちと、彼らが就労した数でしか事業活動を評価しないとする国の方針との食い違いが一層深刻になっていると感じたこの一年だった。
何とかしないと、という気持ちで関係省庁への要望書を携えて上京したのが昨年の最終稿の話。年をまたぎ、間も延びてしまったが、次稿ではその続きをご報告したい。
(カナダ友好協会代表)
