コラム・エッセイ
うれしいお年玉
新しい出会いに向けて-この町・あの人・この話- 浅海道子お正月の最大の楽しみといえばお年玉だった年ごろは記憶にもないほど古のことになり、お年玉を手渡すこともお役ご免となって久しい。
生まれ故郷にはほとんど寄る辺もなく、お宮参りや正月行事にも縁薄く過ごしてきたため、身の回りで正月を思わせる出来事といえば、受け取った年賀はがきに添えられた近況を伝える言葉をたどり、懐かしいひと時を思い起こしながらお年玉くじの番号順に並べ替えることくらいになっている。
今年は服喪中のためその年賀はがきもなく、そのうえ数年前から取り組んでいる受託事業の次年度の企画書の作成が急に忙しくなり、のんびり正月などと構えていられなくなってきた。そして、数字や文書と取っ組み合い、頭の痛くなるような思いで過ごしているうち、本当に頭が痛くなってきた。
昨年夏、数十年来の友人が突然、脳梗塞で倒れ、生死の境をさまよったこと、数年前には長くお付き合いのあった保険屋さんが正月明けに脳出血で急死されたことが急に身近に感じられ、妄想が頭いっぱいに広がってきた。そう言えばこのところもの忘れが多くなったような気がするし、思う通り体が動かないことも多い。
これは何かある、きっとある。そんなことがまたたく間に思考の大部分を占めるようになった。こうなるともう何も手につかない。悶々(もんもん)としていると、わがつれ合いから一言。
「わからない者がわからないことを思い悩んでも何の解答も出てこない。脳が心配なら脳の専門家に診てもらえ」
そこで絶大な信頼をおいているS先生に取りすがり、紹介してもらったM医師を訪ね、血液検査、MRIによる脳や脳血管の画像診断を受けた。
MRI撮影は初めてではないが、閉所恐怖症の私にとっては一大難行で、あの狭い空間に正気では入って行けない。担当者をさんざん手こずらせた揚げ句、精神安定剤、手っ取り早くいえば睡眠剤を服用してようやく撮影をすませた。
もう、二けたくらいの回数を体験しているつれ合いは「あのカリカリ、ガンガン鳴る音がなかなか心地よい。要は磁石の中にいるだけだから何の心配もないこと」と言う。こちらは死ぬほどの思いだというのに。そんな一大事を経て伝えられたM医師の診断は
「どこにも異常はありません。脳は萎縮(いしゅく)もなくしっかり詰まっています。この年とは思えない。満点です」
万歳!頭の痛みはすっかり吹っ飛んだ。そうだ、これは神様からのお年玉なのだろう。もらってうれしいお年玉。これで今年も頑張れそう。
神様、S先生、M先生。本当に有り難うございました。
(カナダ友好協会代表)
