コラム・エッセイ
新しい時代の予感
新しい出会いに向けて-この町・あの人・この話- 浅海道子旅立ちの3月を終えて、お別れの儀式も一段落すると、満開の桜と共に新年度の始まり。我が学習教室の今年はただ一人の卒業生のHさんから、桜の幕を背景にした入学の写真が携帯に送られてきた。
幼い頃から孫のように接してきたあの日あの頃の仕草が数々の思い出と重なり、しばし眺め入りながら、心和むひとときを過ごした。
我に返って机上のパソコンに目を戻すと、期限の迫った報告書や新規事業の文書作成と、出番を待つファイルが画面にひしめいていて、もう10年以上も変わらぬこの時期の光景が今年も繰り返されている。
そんな中でも我が身は確実に1年ずつ齢を重ねているから「年々歳々花相似たり」「歳々年々人同じからず」の古詩の一節がひとしお感慨深く心に響くのを感じる時なのだが、今年は殊にその思いが強い。それは一つには今年夫婦揃って無事傘寿を迎え、目の前の役目を何とか果たしながらともかくも自分の足で歩き動ける状態で日々を過ごしていられるという喜びがあるのと、もう一つは自分が今、新しい時代の始まりに将に臨んでいると実感したからだ。
振り返ってみると、第二次大戦直後に物心がついた自分達の世代は時代の変わる様々な瞬間に数多く立会ってきた。
テレビの商業放送が始まった小学生時代、家事を一変させた家電製品の普及、車なしには生活できなくなっていく車社会の出現、独り言を言いながら歩いているといぶかった携帯電話の登場。仕事のやり方を変えたパソコンの出現、そして、あっという間に世界を変えたインターネット。
どの一つをとっても、それだけで十分世界を変える変化の始まりと言える全ての出発点に立会ってきた世代は後世にも貴重な存在なのだと思うが、この思いをこの年になってまた実感するとは想像もしていなかった。
数年前から突如と言えるほど急速に注目され実用化が始まったメタバース/アバターの世界。あれは所詮ゲームの舞台と横目で見ているうちに自分達の事業の分野にも応用の波が津波のように押し寄せ、この一年間、これまでの若者支援事業にこの技術を取り入れた新しい事業展開が進められ、そのただ中に放り込まれることになった。
しかし何もかも未経験で、前方どころか周囲も分からないような翻弄状態の中で感じたことは、この技術ただものではない、これは世界を一変させるパワーがあるということ。インターネット時代の出発点で感じたよりも遙かに現実味のある、新時代到来の予感だ。教育、経済、医療、娯楽、スポーツ、社会福祉等々、生活のあらゆる分野でこれまでのやり方考え方を一変させる可能性が幾らでも広がって来る。
社会とそこに生きる人の考え方を一変させる技術に爆発するのを予感し、その行く末をこの目で確かめることは叶わぬかもしれない。その始点に自分がこの年で立会えていることに、驚きと縁の不思議さを感じた新年度の始まり。さて、今日もまだまだ忙しい。
(カナダ友好協会代表)
