コラム・エッセイ
思い出のアルバム
新しい出会いに向けて-この町・あの人・この話- 浅海道子2月もあと数日で終わり、月が変わると卒業の時。入学と卒業、入社と退職、誕生と終焉(しゅうえん)、人生にはさまざまな始まりと終わりがあり、人それぞれにそれぞれの思いでその時を迎える。
始まりにはこれから先に待ち受けることへの期待や希望、不安が入り交じっているが、すべては未体験だから実感は伴わない。一方、終わりに立って振り返るのはすべて自分の体験したことだから、好ましいことばかりではなかったとしても、感慨は深い。
入学式では新入生を迎えて校歌や国歌は歌われても、新入生を迎える歌、迎えられる歌というのはあまり聞かないが、卒業式では送る者・送られる者が互いに歌い交わすのは、そういう背景があるのだろう。
私たちの年代にとって、卒業式といえば「蛍の光」で送られ、「仰げば尊し」で気持ちを返すのが定番であったが、最近ではこの両方とも教科書から姿を消し、卒業式で歌われることも少なくなったと聞くのは寂しいことだ。この二つは言わば公定卒業歌として長年習い歌われてきたが、もう一つ、広く知られている卒業の歌がある。
それは幼稚園を経験した人ならほとんどの人が歌っただろう「思い出のアルバム」。教科書に載っている歌ではない(もしかしたら私が知らないだけかもしれないが)、大抵の幼稚園(保育園)では卒園式に先生、保母さんと園児がそれぞれの思いを歌に合わせて問い、応える光景がほほえましく繰り広げられる。
序盤から終盤の間に、春・夏・秋・冬と四季の思い出が歌われるから「思い出のアルバム」なのだが、それなら6番までと思いきや、7番まであって、冬の歌詞が二つある。クリスマスを祝う施設とそうでないところがあるからだそうだ。全国版として万全の備えなのだ。
実はこの歌、我がつれ合いの愛唱歌で、年に数度の新宿歌声喫茶「ともしび」詣での折にも必ずマイクの前で熱唱するのだとか。改めて問いただしたことはないが、きっと自分だけの特別の思いが込められているのだろう。
この歌には少し悲しいエピソードも伝えられている。クリスチャンで保母だった作詞者の増子としさんは、お年を召して今でいう認知症を患った。ある時、この歌を聴いて「いい歌ね。誰が作ったのかしら」とつぶやかれたそうだ。ご自分の作品だとわからなかった、でも、いい歌が心に響いた。悲しくも美しい逸話だ。
息子が亡くなってからきょうでちょうど4カ月となった。幼いころからの日々の思い出が毎日ありありとよみがえってくる。私の思い出のアルバムは閉じられることはない。
(カナダ友好協会代表)
