2026年05月02日(土)

コラム・エッセイ

公人?私人?

新しい出会いに向けて-この町・あの人・この話- 浅海道子

 学生時代、英語のテキストでトーマス・カーライルの著書「衣裳哲学」に触れたことがある。難解な用語が多く、内容もほとんど覚えていないが、「人は、その人自身よりも、その人が身にまとっている衣裳によって評価される」という主旨だったと、おぼろげに記憶している。

 確かに、薄汚れた身なりの人はみすぼらしく、軽く見えるし、隙のない身なりの人は信頼できるように感じられるものだ。巧妙な詐欺師は服装に細心の注意を払うそうだ。

 衣裳は衣服だけとは限らない。地位・財産・名声などなど、社会の中で人を包む衣裳はさまざまにあって、いわゆる「肩書き」として張り付けられている。そして大抵の場合、その人への周囲の対応は、その人自身よりもその人の衣裳、すなわち肩書きに対するものであることは、体験の中でも実感できる。

 こんな前置きが浮かんだのは、最近世間の注目を集めている奇っ怪・面妖な事件の当事者である某学校法人への日本国最高権力者夫人の関わりが公務だったのではないか、つまり夫人が公人か私人かが国会で議論されているからだ。

 この議論自体は的外れに思える。夫人の周囲にSPや省庁職員が公務で付き添っても、彼女自身は、影響力は絶大でも公人ではない。公人でないならこの関わりは問題ないというのであれば、この件はそれで終わりだが、そうではない。

 この問題は、彼女の行動が公人としてか私人としてかということではなく、その行動自体にある。一言で言えば軽率なのだ。

 自分の行動がどのような結果をもたらすか、その影響がどのくらい大きいかを考慮できなかったことは、軽率のそしりを免れない。この軽率さは何から生じたかというと、それは彼女が、自分という人物が高く評価されているからこの依頼が来たと勘違いしていたからだろう。

 実際にはこの学校法人は、彼女という人物にではなく「最高権力者夫人」という衣裳をまとった人に依頼したのであって、衣裳に包まれているのは彼女でなくてもよかった。ほかの人が最高権力者なら、その夫人でよいということだ。

 そんなことは一歩下がって冷静に考えれば誰にでもわかることだが、その雰囲気に長く浸っていると、周囲の視線が自分にではなく、衣裳にばかり注がれていることに気づかなくなるのだろう。

 人との交わりの中で自分自身を不断に磨くことは常に心がけていなければならないが、同時に、自分がどのような衣裳をまとっているのか、そして周囲の視線が自分と衣裳のどちらを見ているのかに時々思いを致すことが、多くの衣裳を持つにつれて求められるところだろう。

(カナダ友好協会代表)

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