コラム・エッセイ
過信は禁物、コンピューター
新しい出会いに向けて-この町・あの人・この話- 浅海道子生徒たちには受験、卒業のシーズンのこの月、リタイア後の老齢者には頭の痛い確定申告の時期。だが、年明けから仕事場のある福岡にくぎ付けで、文字通り寸暇もない忙しさの中、いつの間にやら提出期限日になっていた。
一方、我が家を守るつれ合い殿はパソコン画面で早々と仕上げ、提出ずみらしい。以前はガイドブック片手に数日かかっていたが、最近は確定申告書作成ソフトを使うとあっという間に仕上げてくれる。だが、そのソフトを操る時間さえ取れないこちらの状態を見かねた我がつれ合い、パソコンを携えて当日朝やって来て、すいすいと仕上げてくれ、間に合った。
本当に便利になったものだ。証書類の張り付けと押印以外は自分で記入することもなく、見直すこともなく完了するのだから、以前に比べたら10数倍のスピードで、生産性の向上を身近に実感させてくれる。まさにコンピューター様々の心境だが、ちょっと不安にもなった。
本当に正しく計算してくれているのだろうか。もはや、何十倍の時間をかけて手計算で検算する気にはならないから、確かめようもない。
こんな不安を感じたのにはわけがある。別の申請事案で書類を提出した時のこと、収支計算書のデータと領収書集計表の合計が合わないと指摘された。
何と言われるご冗談を。領収書の数字を一つ一つ確認して集計表に打ち込んだのですよと一笑してパソコン画面を開いて見ると、確かに総計が収支計算書の値と違う。
平身低頭して持ち帰り、数100枚ある領収書と表の数字を一つ一つ照らし合わせると、ちゃんと合っている。その総計が収支計算書の数字のはず。そんな馬鹿なと、さらに一度、もう一度と念入りに見たが、一つ一つは間違いない。しかし総計は違っている。
半日ばかり途方に暮れた後、わかったことは、申請用に用意されているその集計表は総計欄に合計額を自動計算する計算式が埋め込まれていたのだ。こちらの手間を省いてくれるためのものだろう。ところがデータの記入が計算式の条件と合っていなかったものだから、計算結果が実際の総計と合わなくなっていたのだ。
今回は収支計算書が別にあって比べられたから違いがわかり、原因がわかったが、そうでなければコンピューターの計算結果を信じ切ったに違いない。
コンピューターの計算能力は素晴らしく、人の能力は遠く及ばないが、その結果を盲信すると、とんでもない間違いが起こることになりかねない。かと言って、毎回手計算で検算するのでは、何のためのコンピューターかということになるし、はて、どうしたものだろうか。
(カナダ友好協会代表)
