コラム・エッセイ
二難も去った
新しい出会いに向けて-この町・あの人・この話- 浅海道子青天の霹靂の病に見舞われ一命を取り止めたものの、10歩進むのも苦痛なほどの腰痛が残ったが奇跡的に寛解し、今では杖なしで毎日遠出が出来るほどに快復したわが連れ合い、発病後の1年を振返り「出来ないことが出来るようになる。
これが成長で、若者の喜び。出来ていたことが出来なくなる。これが老化で老人の寂しさだが、出来なくなっていたことがまた出来るようになる。これがリハビリ、回復の喜びで、年に関係なくうれしいものだ。これを味わえたことが傘寿へのプレゼントだった。」と折に触れ家の内外で語っていたのだが、その思いを打消すような出来事が勃発した。
退院後の養生に通っている近所のクリニックの若いU先生が、奇しくも発病後1年になるこの3月に撮った胸部X線画像を見て、気になる影があるという。ここではこれ以上は分からないからと、書いてもらった紹介状を持って別の病院で精密検査となった。
早速撮影されたX線CT画像を前にした担当医師は「確かにここに病巣がありますね。」と平然と語る。これ以上は細胞検査となりちょっと苦しいですよと言われ、にわかに恐れをなしたわが連れ合いはあれこれ理由をつけながら検査を引き延ばしていたが、CT撮影から2カ月後、遂に意を決して、画像に現れても癌ではないこともあるようだからと慰める娘に同調する私と、家族3人で診察室の医師に対面し、診断の言葉を待った。驚きは次の瞬間に起こった。
つい先ほど撮影された直近のCT画像を見た医師が、2カ月前に撮った画像と見比べながら「消えてますね」と言う。前回の画像でははっきりと見えていた黒い塊がどこにも見当たらず、すっかり消えてなくなっている。これなら細胞検はしなくていいと言う。
何が起こったのか?何か他の原因で肺炎が起こっていて、自己免疫で治癒したのかもしれないとのご託宣を一家3人狐につままれたような思いで聞いていたが、それ以上質問する気にはなれず,喜びを満面に表しながら、お礼の言葉を述べて、診察室を後にした。こんなことも起こるのだ。
想像していた中の最もあり得ない期待薄の状態が実現した。信じられないが、これは事実だ。脳梗塞から命を救われ、後遺症もなく、歩けないほどの腰痛も克服できたこの1年。一難去った喜びに浸っていたところにまた一難かという落ち込みが一気に晴れたつれ合い殿、地獄と天国を二つながらに体験した思いだったことだろう。
そんな功徳につながる善行をどこかで積んでいたのかもしれないと、少し評価を新たにしたいが、一瞬にして地獄から天国への思いは私たちも共有できた一日となった。絶飲食で臨んだ診断の日。帰りは病院前のうなぎ屋さんの暖簾(のれん)をくぐり、連れあい殿おごりの、うな丼の昼食で喜びを共にした。
長生きするといろいろなことに巡り逢う。何に巡り逢うか、神のみぞこれを知る。
(カナダ友好協会代表)
