2026年05月02日(土)

コラム・エッセイ

幾山河

新しい出会いに向けて-この町・あの人・この話- 浅海道子

 100年人生への節目となるかもしれない大台を夫婦揃って越えて数カ月。はるばる越えてきた山々を振り返り眺めるような気持ちで思い出をたどるうちに、昔好きだった歌の一節が突然頭の中を走り始めた。

 歌人若山牧水の短歌にメロディーをつけた「白鳥(しらとり)は」という歌の2番で

 〽幾山河越えさりゆかば さびしさのはてなむ国ぞ きょうも旅ゆく 

 と続くが、その後歌う機会もなくなりほとんど忘れていた。

 同じく好きだったというわが連れ合いにはもう少し馴染みがあったようで、足繁く通っていた歌声喫茶の常連で今は亡きMさんがよく歌っておられ、この2番を歌うときに毎回のように加わる解説が鮮明に記憶に残っているのだという。

 「この「幾山河」のところは「いくさんが」と歌う人が多いがそれは間違い。正しくは「いくやまかわ」で、こう歌います。」

 とお歳からは信じられない美声で朗々と歌われるのが常だったそうだ。来し方を振り返る中で突然この歌を思い出したのは積み重ねてきた年月が幾山河に重なり連想されたからだろう。

 牧水のこの作品に詠まれた幾山河は年月のことではないようだが、今の私には幾山河は生きてきた年月の象徴であり、これから重ねてゆくであろう年月を表すものになっている。

 振り返る山河とこれから越えてゆく山河で何が違うか、それは実感する時間。振り返る山河は喜びも苦しみも伴いながら越えて来たが、それは過ぎたことで、今の自分を苦しめも喜ばせもしない。

 しかし、これから越えてゆく山河は一年ずつかけて越えてゆかねばならないから、どうすれば越えて振り返りの山河に変えられるか、越え方が大事になっている。

 嫌でも体力が衰えてくるこれから先、工夫しなければスイスイ、ひょいひょいとはいかない。世に様々な先人が人生のたそがれ期の生き方を教示してくれている。笑え、忘れろ、怒れ、泣け、焦るな、こだわるな、捨てろ、汗をかけ,仲間を作れ。夫々尤もだが、これまでのやり方を急には変えられない。会得しているうちに時間は過ぎてゆく。

 今一番納得できているのが、タイでお母さんの介護を済ませた後現地で過ごす後輩N君から聞いた「高齢期の生き方に必要なものは「きょうよう」と「きょういく」」という言葉。

 教養と教育ではない。「今日、用がある」「今日、行くところがある」つまり、今日することがあるということ。楽しいことばかりでなくてもいい。毎日することがある、することを作るようにするということ。楽しいこと、有意義なことばかり選ぶのは難しく、ストレスがたまるばかり。

 有意義であろうがなかろうが、とにかくすることがいつもある状態にしておくこと、し飽きれば別のことを作ればいい。それを他人がどう評価しようと、それで自分の人生がどう評価されようと少なくとも自分には「関係なーい」のだから。

(カナダ友好協会代表)

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