コラム・エッセイ
日々是好日
新しい出会いに向けて-この町・あの人・この話- 浅海道子満92歳数え年93歳でつれ合い殿の母が他界したのが卯年6月。今年は寅年だから干支が一巡りして12年。ということは今年は13回忌の法要の年。
お墓は四国のお寺にあって、今は墓守の出来る親族は誰一人近くに住まわず、管理はお寺に任せっきり。申し訳のように年に一度の墓参りを続けてきたが、数年前からは腰痛で車にも電車にも乗れず遠出は出来なくなり、つれ合い殿にお任せ状態になっている。
で、今年はどうする?頼みのつれ合い殿は昨年の青天の霹靂の発病の後のリハビリ期で心配なく遠出が出来る状態でもない。いっそのこと法要一切お寺に任せてしまおうかと思案投げ首状態で考え込んだが、「この次の法要が何年後か知らないが、その時はとても自分の手では出来ない。それなら、今回どうしてもやっておかなければ。
このところ体調は悪くないから、自分だけでも行ってくる」という言葉に任せて、お寺と日取りを打合せ、両手と肩にバッグを提げ、心配の眼差しと声を「大丈夫、心配ない」と背に受けながら足取り危なく夜行バスに乗り込むわが連れ合いを見送った。
大丈夫かな。心配すればきりはないが、このところ確かに体調はよさそうだったし、行動は本人の気持ちに、結果は天に任せようと割り切るしかない。ともかく、無事法要を済ませ、お土産を持って無事帰宅したのだから、これで良かったのだと胸をなで下ろしたが、全て良しではなかったとお土産のご当地名物の菓子を味わいながら報告があった。
当日は天気予報通りの雨天。供花と供物を抱え、遅れては大変とたどり着き押したチャイムに応えたのは怪訝そうな和尚さんの顔。
「おや、何事ですか?」
「今日は母の13回忌の法要をお願いしています。」
「えっ!?今日でしたか?」
「今日です。今日は金曜日ですね」
「あっ!曜日を間違えていました。」
スケジュール手帳を確かめて驚き、何事もなかったように本堂で準備を進める。
程なく始められた法要は読経の韻も木魚の響きも乱れなく進み、さすがはプロ、日取りを間違えようが時間に追われようが煩わされることなく変わることなく流れるように進められるのだと感心していたが、気がつけば自分の方は着替えを忘れて半袖シャツのまま座っている。
これが修行の違いかと恐れ入ったと反省の様子。止まぬ雨に墓前での供養を省略し、本堂の窓から丁度正面に見える墓を遙拝して法要を終えた。
合掌して法要を終えた後の和尚様の講話は「日々是好日」今日は雨。自分には嫌な日かもしれないが,雨を待っていた人にはいい日になる。自分の思いだけでいい日悪い日とはならない。
日々是好日ということだったが、そういえば自分には今日はとんでもない日に思えたが、無事務めを果たして帰って来られたのだから、これも好日だったのだろうとまた一つ菓子に手を伸ばしながら語り終えた。御苦労様でした。
(カナダ友好協会代表)
