コラム・エッセイ
命をつくる
新しい出会いに向けて-この町・あの人・この話- 浅海道子梅雨明けを待たず日本列島を南から北までを覆い尽くした熱気の中で、今年も迎えた広島原爆忌。
このあと9日、15日と、日本人が忘れてはならない日が続くこの月のこれらの日には、せめて空しく無慈悲に奪われた命を悼み、このような悲惨をもたらした愚かさを憎み、折あらば愚行を繰り返そうとする力を怒る時を持ちたいと思うが、毎年、時は定速で過ぎ、同じ日を同じ思いで迎えることの繰り返しとなっている。
一つ一つに物語があり、どれも皆かけがえのない貴重な命を、区別のない数として消し去ることを当たり前にしてしまうのが戦争で、文字や画像で伝わるものの物語までは伝えないから、物語をかき消すことを意に介さず、戦争で利益を得ようと動くものへの怒りは長続きしないのが、繰り返された現実のようだ。
一つ一つの命が綴る物語を無慈悲に中断し破り去ってしまう戦争に対して、物語を書き続けるために尽きよとしている原稿用紙をつけ加えるのが医療の力だ。
先月末のNHKの番組「プロフェッショナル」では小児心臓外科医Y医師の幼い心臓を再生させる神業のような技術と、医師の使命にかけるY医師の思いと姿を瞬きする間も惜しまれるほどの緊張と感動で伝えてくれた。
このままでは命が果てる予感もないように鼓動する小さな心臓を切り開き、不具合を、迫る時間の中で切り取り縫合してゆく。
不具合をただし、元通りに形作るだけでも大変な仕事だと思うのに、本来の機能を発揮できない原因を探り、正常に機能するために必要な構造に作り替えることまでやり遂げるのだから、一つ一つの技術が完璧であるだけでなく、考えた構造の全体が正しく作られたのか、そしてその結果が考えた通りになるのか、どんな些細な間違いも許されない状態の中で一瞬のためらいもなくメスを操る医師の気持ちには緊張すらもないのかもしれないと思いながら、画面に映るメスの動きを凝視していた。
無事終了した手術の後病室のベッドに眠る子どもと、付き添う両親の感謝に笑顔で答える医師の姿を伝える画面はいつ見てもいいものだが、不具合を治した心臓と共に順調に成長し、元気に活動している子どもと再会したY医師が満足の笑顔で語っている姿はY医師の満たされた気持ちの温かさまで伝わってきて、本当にうれしかった。
命を数字に変えて消してしまう戦争に比べて、そのままでは途切れてゆく命を繋ぐ医療の力の素晴らしさが伝えられた番組だったが、いや、あれは命を繋いだのではない、命を作ったのだという思いが強く湧き上がってきた。
Y医師の健康と益々の活躍を祈り、後に続く志の多からんことを願う。
(カナダ友好協会代表)
