コラム・エッセイ
もの想いの候
新しい出会いに向けて-この町・あの人・この話- 浅海道子春に新学期を迎えた生徒達も半年を過ごし、あと3カ月で年末。
中学生も高校生も3年生なら受験生で、受験までの日数も気になる頃となり、自分の将来にも時に真剣に思いを馳せる機会も増えてくる。
社会に出て何をするかを問われたとき、言下に「XXになりたい」と具体的に答が返ってくる場合もあるし、「分からない、今は特にない」というのもあるが、分類すれば「自分がしなければならないこと(自分に望まれたこと)をする」「自分に出来ることをする」、「自分がしたいことをする」という3つの型になるという。
古い時代なら最初のものが模範回答とされたのだろうが、時代が下がると後の方、自分がしたいことをするという考えを尊重する意見が優勢になっている。
国の教育方針も「個性の尊重」が強調され、個性を伸ばす教育のための時間の確保が真意だとして悪名高い「ゆとり教育」が施され、自分のしたいことをさせるのが個性の尊重と思わせるような、ちょっとピント外れと思える教育が進められた時期もあって、「ゆとり世代」その後では「Z世代」という、昭和世代のおじさんやお父さんには扱いにくい若者世代を生み出した。
個性の尊重はもちろん大切で、その前に「してはならないことはしない」「しなければならないことをする」があるなら「したいことをする」すなわち「自分の好きなことをする」という生き方は「言われたことをする」「自分に出来ることをする」生き方よりもいいものだと思う。
社会生活に臨む子ども達にも「これからの人生、いろいろなことをしてゆくだろうけど、何をしようかと思うときには、自分のやりたいことを選んだ方がいいよ。もちろん、人間としてやってはいけないことしないことが優先だけどね」と、来し方を振り返りながら語り伝えている。もっとも、自分のしたいことだけをして生きることは難しく、せざるを得ないことを優先して後にしたいことをするのが大方の現実の姿だろう。
ところで、自分にとってしたいこととは何だろうと考えると、それはやはり「好きなこと」に重なるだろう。具体的に何とは指定できなくとも、好きでないことをしたいとは思わない。
では、好きなこととは何だろう。人の行動はきっかけと情報によって起こる。その考えに立つと、好きなことに行動を起こさせるのはそのための、それに関する情報が多いからだと考えられる。
だから、あることを好きだというのは、そのことに関する情報を多く持っているということで、好きだから情報が多いというより、情報が多いから益々好きになるという関係に思える。
その結果がいつも満足につながるとは言えないが、少なくとも行動はスムーズに密になるだろう。もの想う秋の始まり、いつかこんなことを思い巡らせていた。
(カナダ友好協会代表)
