コラム・エッセイ
終活?の旅
新しい出会いに向けて-この町・あの人・この話- 浅海道子「東京に行ってくる」わがつれ合いの突然のご託宣。
きっかけは60数年来の旧友Iさんからのメール。何事にも冷静沈着、正確な情報と知的な話題や警句に溢れるのが常なのに、なぜか、遙か昔の少年時代に共に学んだ学園のある先生の面影を偲ぶ一節が綴られていて、読み進むうちにふと衝撃に打たれたというのだ。
二人は同い年。いつも活力に溢れているIさんが急に遙か昔の思い出を綴るとは、これはふとした心境の変化とばかり受け取ってはおられない。お互い、明日にはもう会えなくなるかもしれない時期を迎えたのではないか。
そうだ、今だ。来年ではない。今年のうちに是非とも会っておかなければとの思いに突き上げられたと、急遽Iさんと、これももう5年以上も顔を合わせていない在京のかつての愛弟子Kさんに連絡し、あれこれ手配して上京となった。曰く終活旅行だと。このところまずまず元気だし、急に秋から冬を想わせる天候への配慮も出来ていたので、では行っておいでと見送った。
その終活旅行の帰宅後報告。無事東京駅に着き、宿に荷を下ろして身軽になり、落ち合った3人で先ずは今日の健康を讃え合い、再会の挨拶を皮切りにそれぞれが抱えた5年の時を語り合った。
傘寿を過ぎた老人2人と、丁度半世紀を隔てた若い女性が鍋を囲んで語り合う姿は周囲にはどう映ったことだろう。老人2人は夫々年並みに不具合を抱えながらも、思い出話に偏ることなく話が進み、終活の懸念は感じられなかったようで、先ずはめでたし。
もう一人、若い愛弟子は会社生活も順調に進み、大きなプロジェクトを成功裏に手掛け、最近は部下を持つ身になったという。姿も表情も声も若さに溢れる老いと対極の姿で仕事の苦労や工夫を語るのを、2老人は目を細めて見つめていたそうだ。
仕事の話に加えて上司であることの苦労、身構えを明るく語る声を聞きながら、あの利発で可愛い中学生がこんなに成長するとは、若さとは成長とはいいものだとうれしさが溢れてきて、終活の旅に来たつもりなのに、傘寿老人2人、米壽のための元気を贈られたと、喜びの報告だった。
「それと、こんないいプレゼントもあった」と言うのがその時の語らいの中で愛弟子から紹介された言葉。
①あなたは今が一番!
②死ぬこと以外はかすり傷!
私はこれをいつも自分にも相手にも言うのだと、孫娘のようなかつての愛弟子に告げられ、そうだ、自分は今人生の一番若い時にいるのだから、やりたいと思うことは今手掛けられる時間があるのだな。やって失敗して怪我を負っても、生きている限りはかすり傷か。
これはもはや終活ではない。人生の始発なのだなと、病後のリハビリへの絶大な活力を得た旅だった。
行って良かったと、終活旅行のきっかけを作ってくれた旧友のメールを読み返したそうだ。そう、私も活力を得て米寿も卒寿も突破したいものだと思う。
(カナダ友好協会代表)
