2026年06月24日(水)

コラム・エッセイ

春天来了

新しい出会いに向けて-この町・あの人・この話- 浅海道子

 三寒四温の連なりの中に春の近さを感じる頃になった。そう言えば2月も、もう終わり。あと数日で3月。紛う方なき春到来だ。立春を過ぎ早春と言われる季節になると、まだ寒さの中にある体も気持ちも日毎に暖かくなって行く感じがするのだが、そんな時いつも頭の中に広がって来るメロディがある。

 早春のこの時期の歌と言えば同じ世代に先ず浮かぶのは「早春賦」だろう。「春は名のみの」で始まる歌詞はこの時期の空気と音と光景を見事に歌い上げ、その歌詞にこれ以上当てはまるものはないだろうと思えるほどに溶け合ったメロディーはこの時期を歌う定番として、まるでオートスイッチが入ったようにメロディーが広がって来る。

 「夏の思い出」「小さい秋みつけた」「雪の降る街を」などの名曲で知られる中田喜直さんのお父さん中田章さんの、名を残すにはこれ一曲で十分と言えるほど名曲で、私の記憶の歌箱にもしっかりと収められているのだが、早春を迎えて歌箱から最初にこぼれてくるメロディーは息子さんの中田喜直さんの歌「春を歌おう」。あれはNHK「みんなの歌」だっただろうか。あたたかい伸びやかな女声で、その歌手が誰だったのかは憶えていないが、芹洋子さんだっただろうか。

 「春を歌おう…」と始まるその歌は歌箱が開くとメロディーが体いっぱいに広がって、肌に感じる陽気と共に気持ちを暖かくしてくれる。そして不思議なことが起こる。唱歌だからもちろん歌詞があるのだが、歌い出しの後は自分の頭の中ではメロディーだけが広がって歌詞はその陰に隠れてしまい、途中から突然表に顔をのぞかせる。

 その言葉は「ちゅんてんらいら」最初は何のことか分からなかった。詞も曲も日本の歌なのだが、どう聞いても日本語ではない言葉になっている。

 後で歌詞を見てそれが「春天来了」で、中国語の「春が来たよ」の意味だと知ったが、この歌を記憶の中で歌うときはいつも歌詞は歌い出しから「春天来了」まで隠れるのが自分の習わしとなっている。

 優しく温かくささやきながら春の訪れを歌いつづり、うっとりとするような気持ちに包まれたところで突然「春天来了、春が来たよ!」と呼びかけられると、はっと目を醒まされる効果があって、そのことが自分の記憶に定着しているのだろう。

 早春賦に感じた、歌詞の隅々まで余すところなく歌い尽くすようなメロディーも素晴らしいものだが、こちらの歌は歌詞の中の一点に光を当てて浮かび上がらせるような巧みさを感じるもので、お父さんの才能を受け継ぎながら、父とは違った表現でいい歌を残してくれたものだと思う。

 地球温暖化進行を感じる中で四季の境界がぼやけ、春到来の喜びに浸る間もなく猛暑襲来が定着しそうな近年だが、せめて後しばらくは私の頭の中で毎年この時期には「春天来了!」と呼びかけ続けて欲しい。

(カナダ友好協会代表)

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