コラム・エッセイ
タイパ?
新しい出会いに向けて-この町・あの人・この話- 浅海道子「タイパが悪いって言うのよ」電話の向こうから嘆きの声。将来の活動の道を探りあれこれと思いを巡らせている我が子に、自分の人生経験と知見から、目標達成のための道筋を為すべき苦労も含めてアドバイスしたところ、「そんなタイパの悪い事出来ない。する気にはならない」と受付けられなかったそうだ。
「タイパ?タイパって何?」「タイムパフォーマンスのことだって。そのためにかける時間が結果に見合わないということなんだそう」。コスパならすぐ分かる。コストパフォーマンス。かけた費用に対する得られた結果の価値で、短縮すればコスパ。かけた時間と結果の価値の比較だからタイパか、納得。コスパなら、今では全世代で共通語になっているが、今若い世代ではタイパが解説不要の共通語のようだ。
自分達の世代では若年世代の気質理解には「ゆとり世代」という語を便利に使っていたが、今では「Z世代」となっていて、それもどうやらもう古いらしい。だからコスパがタイパに移ったこともこちら世代が理解して応じてゆかなければならないのだろう。
でも、意味は分かる。どんなことでも結果を早く出すことを求められるこの時代に、目標達成に必要かどうか分からない、しておけばいいことかもしれないけれど、いいかどうかも理解出来ないことに時間をかける気にはなれない。そんなタイパの悪い事はお断り。
タイパか。それを言うなら生まれてから今日まで20数年かかったあなたは私にとってタイパがいいとは言えないねとこのお母さんが思ったかどうかは分からないが、親子と言えども時間はそれぞれ別物、使い方はそれぞれに委ねられるものだから、使い方を指図は出来ない。
人生とは自分の状態を自分の行動によって変化させながら時間を過ごすこと。行動は自分の体力と選んだ情報を基に自分が起こすものだから、周囲が出来るのはああしろこうしろと行動を指示することではなく、行動に向かわせる情報を本人が選択できる形で提供することだけ。そうでなければ目標達成までに必要となる数え切れないほどの状態変化を起こす行動を全て本人に代わってやらなくてはならないし、常に情報提供をし続けられなければ目標達成できない。
情報を選択して行動するのは、行動のために時間を使うのも本人だけだ。お金とは人が持つ時間を交換するための価値基準だから、結局コスパとタイパは同じ意味だと言えるのだが、子どもの時間と親の時間は同じでなく、時が変われば時間とお金の交換比率も変わるから、コスパもタイパも一概には決められない。
行動して状態を変えた結果を受止め、受止められなかったら、次の変化のために行動する。その繰り返しが人生で、人生に大切なものは行動の結果得られたのものの価値ではなく、行動できる体力と行動するための時間をもつことだろうと思う。元気に長生き。これが一番。
(カナダ友好協会代表)
