コラム・エッセイ
若さに託して
新しい出会いに向けて-この町・あの人・この話- 浅海道子酷暑の後の短い秋。暖冬かなと思ったら軒を埋める大雪のお見舞い。でも、やはり桜は満開となる。
地球温暖化でも異常気象でも、時が巡れば春を迎える。春は命の芽生えの季節。育ちゆく雛の巣立ちの季節。我家の学習教室でも、最後の生徒となった仲良し姉妹が同時に巣立ちとなった。
ドキドキしながら発表を待っていた妹は高校生に、将来の夢を膨らませて授業に課外研究に励んだお姉さんは共通テスト、2次試験と関門を突破して志望校の大学生に。これまで安全に守り育ててくれた巣箱から体を現し、巣立ちの羽ばたきの羽を広げようとしている。そんな2人が揃って我家を訪ねて来ると知らせが来た。
このところ悩まされている腰痛に普段は機嫌が良くないわがつれ合いも、到着の2人を手には杖、顔には満面の笑みで出迎え、休日の駅の雑踏をかき分け進み、ささやかな祝いの席を囲んだ。おめでとうの一言を皮切りに、出会いから十数年にも及ぶ、共に過ごした年月の思い出話、目の前に流れる光景にまつわる話題、これから広がるそれぞれの世界の話に、箸を進める手を動かせないほどに語り合った。
三十(傘寿)を過ぎた2人にとって、若い命と共有するこんな時間ほど、心身共にとは叶わぬものの、心を若返らせてくれるものはないと改めて実感する。最初は医学に、その後は生命科学に関心を深め、農学部を志望したお姉さんには、わがつれ合いは早速に取って置きの自説を、困惑にもお構いなく語り述べる。自宅でも外でもそんな話誰もまともに相手してくれないから、反論も無視も出来ず受け入れざるを得ない相手を得て、本当にうれしそう。
「今の時代、デジタルだAIだ宇宙だと騒がしいが、これからの世界の研究対象は医と農だ」「その共通点は生命に係わるということ」と一呼吸「医は命を守ること。生まれた命を守り再生することを目指す。農の心は命を創り育てることだ」「だから医学研究の大きなテーマは、人間に限らず何にでもなれる胚(細胞)を得て、その変化の条件を確立すること」お構いなく続く「農学も同じ。育て方によって何にでもなれる種子を創り出すことになるだろう」「それは生命の歴史からは進歩ではなく逆戻りなのかもしれないが、とにかく、命を創り守り育て再生することが、長く続く研究テーマになるだろうと思う。とても1人では出来ないが」
そんな話を、祖父を気遣う孫娘のよう笑みをこぼしながら静かに聞いてくれている2人。巣立ちを迎えた2羽の若鳥がどんな成鳥になってそれぞれの巣を作ってゆくのだろう。それを自分の目で確かめることは難しいだろうが、若い命がどんなに成長し自分達の世界を創ってゆくのか、これからも祖父母の目と心で見守っていきたいと願った1日だった。
(カナダ友好協会代表)
