コラム・エッセイ
失言撤回
新しい出会いに向けて-この町・あの人・この話- 浅海道子世の中には様々な職業がある。球を投げ,打ち、捕るのが得意な人。身体を診断し手術することが出来る人。田畑を耕し作物を育て、海で漁をする人。自分の出来ること、得意なことを人のために使って生活の糧を得ることで職業が成り立っている。
政治家と言われる人がいる。その代表であるような国会議員。国民の代表として国政を動かし、権力の執行者として行動する。議員はその職務を果たすことで報酬を得ているのだから、国会議員は職業であり、議員は職業人である。
ところで、彼らは人のために使うどんな技を持っているのだろう。作物を育てる技術で報酬を得ているのではなく、病人を診察し治療するために雇われているのでもない。どんな技を職として報酬を得ているのか。自分の(自分達の)発する言葉で人を動かし、国政を動かす。彼等の売り物、自分を支える柱は自分の言葉以外にはない。自分の発する言葉が全て。
このことは世のリーダーと言われる人、経営者、教育者、言論人に共通することだが、特に権力の執行者、国政に携わる立場にある人には最も厳しく当てはまることだ。だから彼等が自分の言葉に関して犯した過ちは、外科医の執刀ミス以上に許され難く,罪の重いことなのだ。
一般庶民なら「あっ、言い間違えた。気を悪くしたら、ごめん」「冗談、冗談、冗談だよ。何もそんなに大げさに受け取らなくてもいいだろう。」と笑って済ませられるかもしれないが、彼(議員)が「そんなつもりではなかった。誤解を招く表現だった」「舌足らずだった」と言い訳をすることは許されない。
言葉以外に仕事をする手段を持たない人が、言葉で間違っては、そこでもう失格なのだ。ましてや発言撤回など、通してはならないこと。ごく最近あった、さる大臣の「生まずして何が女性か」の発言。確かにあれは切り取り記事だ。前後を十分に読み聞けば、ご本人の弁解のように解釈も出来るだろう。
しかし、そうではない解釈もされたから、問題になっているのだ。誤解される表現を言葉でしてしまったことが問題の全てなのだ。撤回しようにも遅きに失したのだ。まさに綸言汗のごとし。出たものを引っ込めることなど出来ない。
真意が伝わらない言葉で表現してはダメなのだ。真意が別なのなら、別の表現をすればいいこと。「あれは言わなかったことにします。発言撤回します」で済ませられることではなく、言葉しか職を得る技のない者が使うべき言葉を知らず、使うための注意も出来なかったことを露呈し、政治家失格を天下に晒したのだから、発言撤回よりも大臣職返上、議員辞職を考えた方が良かったと思う。
「聞く力」を掲げて表舞台で主役を演じているお方も、それは何を表す言葉なのか、真意を表しているのか、もしかして真意が伝わらなかったと撤回したりしないかと、どうも気になる今日この頃。
(カナダ友好協会代表)
