コラム・エッセイ
もしトラ
新しい出会いに向けて-この町・あの人・この話- 浅海道子東京都知事選も佳境を迎えているが、太平洋の対岸でもこの秋には大統領選挙。
他国の選挙とは言っても、その一挙手一投足が世界の経済・安全に影響する人の選挙だから、都知事選の行方よりも重いことかもしれない。この選挙については「もしトラ」が囁かれている。
もしかしたらあのトラが勝つかもしれない。もしそうなったらどうしようということらしい。8年前突然冗談のように出現して、世界をかき回し、立つ鳥跡を濁して舞台を降りた。普通ならこれで終わり。一敗地にまみれた権力者は「水に溺れた犬は叩け」とばかりに権力の手足をもがれて消え去るのだが、この人は諦めることなく返り咲きを目指し、しかもその勢いなお盛んで、「もしトラ」が実現しそうなのだという。
もしかしたら世界はもう一度悪夢を見るかもしれない。なぜそんなことに。良識ある判断をすれば、あんな滅茶苦茶なこの人に任せたらとんでもないことが起こることが分かっているのに。何かにつけて叫ぶ「ファースト!」は国民ファーストではなく、自分ファーストなのも分かっているのに。なぜこの人がいいのか。
少なくともこの人以前のこの国のリーダー達は、内心はともかく表の言動は自分ファーストを抑えて振る舞ってきた。常に国民の安心安全を第一にし、世界平和に貢献するエリートであることを装えるように努めてきた。
しかしこの人は違った。自分ファースト、他人のことは知ったことではないという姿勢を貫いてきた。一番大事なものは自分の利益。他人にお構いなく、自分の好きなようにして、欲しいものを手に入れたい。これは庶民の願望だ。出来ることならそうしたいと、大衆・庶民の多くは望む。でも現実の世の中ではそんなことは出来ないと思っていたら、この人、いとも簡単にやってのけた。
権力の座につけば、意外にやりたい放題出来ることを証明して見せた。それがこの人がとんでもない言動で危険一杯でも根強い人気を保っている理由だろう。
しかし、自分だけがいい思いをしているのでは庶民の恨みを買い非難を浴び、自滅となる。そうなっていないのは、この人、少なくとも自分の言ったことを、そんなこと良識あれば出来ないだろうと思えることでも、やってみせ、あるいはやろうとすることだ。もしかしたらこの人、いつか自分達の望むこともやってくれるかもしれないぞと思わせている。これが危険な期待と筋違いの信頼を作っている。
一方こちらの国では、エリート風の為政者達は、出来もしない、やる気もないことを口にしながら自分の利益追求にいそしんでいることが庶民には読み切られていて、政治への期待も信頼も、関心さへ失われている。
「もしトラ」の実現は御免こうむりたいが、選良としてエリートの品格を保ちながら庶民の期待に応える政治を私たちのリーダーにも期待できそうにない。
(カナダ友好協会代表)
