コラム・エッセイ
千客万来
新しい出会いに向けて-この町・あの人・この話- 浅海道子収まらぬ暑さの中のお盆。送り火の日から3日続けて遠来の客を迎え、夏バテ気味の我が家に涼風の爽やかさを届けてくれた。
最初はKさん夫妻。息子の没後8年、毎年変わらず墓参りに訪れてくれる。中学以来の親友で、最初は機関車の大好きな乗物オタク、長じてはカメラに魅せられ、出かけた旅毎に旅先の光景、シャッターチャンスに恵まれた作品を送ってくれている。しっかり者の奥さんといつも仲良しの姿を見せてくれ、独り身のままで旅立った息子も詣でてくれる2人をまぶしく、うらやましい思いで見守っていることだろう。
夕日と共に2人を見送った翌日には、今春大学生となった、我が家の学習教室最後の生徒Yさんが、初めての夏休みに海外に出かける前日に訪ねてきてくれた。
一風変わったキャラクターで、群れを好まず孤立もせず、芯が強く何事にも一所懸命な女の子だったYさんが、いきなり東京の女子大生となって、都会の空気にうまく馴染んでいるだろうか、通学一筋の毎日を送っているのではないかと、わがつれ合いと2人で祖父母のような気持ちで内心気にかかっていたのだが、半年ぶりに現れたYさんは目立たないがうっすらと茶色に染めた髪にほんのりお化粧の気配もあり、変わらぬ明るい笑顔に、言葉が語られる前から大学生活を楽しんでいる様子が確信でき、大安心となった。
ほんの数時間の滞在のつもりだったのかもしれないのを、昼前から夕食まで引き止め、過去、今、未来を語り合い、明日朝早く空港を発つホテルまで見送った。息子の代わりのようなKさんとの昨日の語りも心安まるものだったが、半世紀以上も年の離れた若者との、共有できる世界を語る時間も、生き返る思いのするうれしいものだ。
そんな思いに浸っているとき、少し古い生徒のSさんから実家に里帰りしているとの知らせ。会える時間は明日1日だけというのに、次の日に夫婦揃って足を運んでくれた。
小学生の頃からの出会いで、孫というには少し大きく、娘というには若すぎるが、お互い身内のようにつながっていて、小学校の先生となった今も里帰りの折には2人で顔を見せ、時を忘れた語り合いが続いている。
日替わりで懐かしい顔と倦かず語り合えたこの3日間。このところ睡眠だけでは癒やされない疲労も感じていたが、もう会えぬ息子や、もう一人の娘、まだ見ぬ孫に会えたような時間を共にし、本当に生き返った思いがする。少子高齢化が急速に進む日本社会で活動の場が乏しい高齢者の孤立化、孤独感拡大が大きな社会問題として、対策の必要が語られているが、元気で動きしゃべることばかりが老人の求め満足する場ではない。
日本社会から失われた世代間の身近な交流を、身構えることなく、費用をかけずに日常的に行う機会を作ることが、おしゃれな寛ぎだけが売り物ではない、人生終期を過ごす場となるのだろうと感じている。
(カナダ友好協会代表)
