コラム・エッセイ
暑秋の贈り物
新しい出会いに向けて-この町・あの人・この話- 浅海道子「爽やかな秋の・・」と書き出したいのに、9月も下旬になってこの夏一番の暑さが報じられる異常さ。もはや日本は四季巡るでなく、三季かせいぜい三・五季巡るだけになってしまって、春と冬の間は外出時には雨はなくとも照りつける陽の光を遮る傘を手放せなくなっている。
そんな今日も、カンカン照りの中を行きつけのスーパーに出かけた。バス停まで、せいぜい5分間の道のりが、まるでオーブンに放り込まれてスイッチを入れられた灼熱地獄とでも言いたいような暑さ。ようやく到着したバスの座席に座ると、車内の冷気が心地よく、生き返った感じ。
昔はこの季節ならクーラーはなくても窓から流れ入る涼風に目を閉じて秋の到来を愉しむひとときになったのにと、再び戻らぬあの頃を懐かしみ、これも寒いほどに冷房の効いたスーパーの歩き慣れた売り場を巡り、宅配サービスのカウンターに買い物袋を預け、帰り道のバス停へ。
買い物帰りの乗客数はかなり多く、暑さの中でバス到着を待つ気もそぞろ。開いた乗車口のステップを細腕に精一杯の力を込めて登り、ほっと一息腰を下ろした。ふと運転席に目をやったその時、運転手さんが突然立ち上がって車外に出た。
どうしたのかと目で追うと、乗車口には少し人がたまっていて、乗車の流れが止まっている。車椅子の乗客には運転手さんが乗車口にスロープを置いて乗車を介助するのは時々見かけるので、ああ、今も車椅子の人が乗車するのだなと合点しながら待っていた。
ほどなく運転手は席に就いたので、暑い中御苦労様と声には出さず唱えていると、ベビーカーに手を添えたお母さんが車内に現れた。そうか、車椅子ではなくベビーカーの母子だったのだ。運転席でミラー越しに母子の姿に気付いた運転手さん、これは乗車に苦労するだろうと察して手を貸しに駆けつけたのだ。
車椅子の乗客の乗降時にスロープを設置して介助するのは、バス会社のサービスとして恐らく義務づけられているのだろうから、運転手さんが駆けつけるのは当然の業務だが、ベビーカーはよく見かけるがいつも運転手さんが介助しているようではないので、義務ではないのだろう。
だから、この運転手さんが駆けつけたのは助けを求められてのことではなく、困っているだろうから手を貸してあげたいという気持ちからなのだろう。このお母さん、降りる時に運転手さんにお礼を言っている様子はなかったので、もしかしたら手を借りず自力で乗車出来たのかもしれない。
そんな想像をしながら幾つかの停車場を過ぎて下車の折、運転席に「運転手さん、優しいね」と声をかけた。まだ若者の顔のその運転手さん、うつむき加減に「いやー」と照れ笑いを返した姿は、秋の涼風にも勝る満点の爽やかさを送ってくれた。こんな人たちがこの世を,住みやすくしてくれているのだろう。暑い秋の日の爽やかな贈り物だった。
(カナダ友好協会代表)
