2026年05月01日(金)

コラム・エッセイ

遠い記憶

新しい出会いに向けて-この町・あの人・この話- 浅海道子

 早くも師走。今年もあっという間に1年過ぎて、年が明ければまた一つ齢を重ねて、残り時間を気にすることになるが、幸い若い仲間に囲まれて新しい仕事にチャレンジ出来る環境に恵まれているから、健康第一、自分の体の保守点検に気を配りながら頑張ろうと、新年への呼吸を整えている。

 年を取るにつれて体力は衰え、知力も判断力も鈍ってくるのは実感できるから「若い世代にもまだ負けないぞ」の気概は辛うじて保っていても、降りかかる難問への取り組みに若者と張り合うことなど出来ないことは自覚できる。気持ちよく一緒に力を合わせてもらえるよう、自分の衰えを自覚したものの分かった年寄りになれるよう、心がけ振る舞ってゆかなければと、言い聞かせている。

 高齢化世代が、我が身を若い世代と比べるとき、意識も現実も「よろしくお願い。頑張ってね」になってしまうが、ただ一つ老人が絶対に若者に勝っているのは生きた時間の長さ。それを示すもとになるのが長年蓄えられた記憶。体験しなければ分からないことを記憶のストックの中から取り出し「これが事実だ」と伝えることは若者には出来ない。問題は記憶の正確さだ。これにまつわり、つい最近起こった出来事をご紹介する。

 65年以上前のこと、友人と2人で先輩に連れられて映画を見に行った。洋画の2本立てで、1つは題名もはっきり覚えている。当時評判だったフランス映画「僕のおじさん」コメディタッチの愉快な作品。これは友人も一致していた。問題はもう1本の方。

 私の記憶ではそれは「白い少女」という題名の一風変わった作品で、音声は全くなく、すれ違う列車の窓越しに見る少女への思いを綴った詩が前編テロップで流れる短編だった。その1シーンが今も鮮明に記憶にある。そのことを友人に懐かしい思い出として伝えたところ、返信メールに「いや、あの時見たのは『赤い風船』という男の子と風船の物語だった。あなたの記憶違いだ」という。映画を見たこと2本立てだったことは互いに一致している。だが、記憶にあるものは違っている。

 同じ作品のシーンの違いや印象の違いとは到底思えない別作品なのに。念のためネット検索する。『僕のおじさん』は1958年の作品、『白い少女』は1958年の、『赤い風船』は1956年となっていて、どの2本立てだったかは今では分からないが、どちらの組合わせもあり得る。

 さあ困った。1シーンだけだが自分の記憶は今の今まで鮮明で、題名も年代も合っている。でもそれは友人にも当てはまる。一体どちらの記憶が正しいのか。どちらかが別の機会と混同しているのだろうが正否の決着が必要なことではなかったから、話はここで終わったが、これまで満々だった古い記憶への自信が大きく揺らいだ出来事だった。

 来る年も健康第一に、でも昔話の披露は語尾を断定調にせず、少し控えめにしよう。

(カナダ友好協会代表)

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