コラム・エッセイ
安全神話
新しい出会いに向けて-この町・あの人・この話- 浅海道子師走2週目。年末といえば火の用心。幼い頃の子ども達の年末行事に、数人で「火のよーじん(用心)」と声を張り上げ拍子木を打ちながら夜更けの町を巡る夜回りをしたことを思い出す。空気の乾燥と火気の使用機会の増で火災発生の多い時期。
そんな中で先月末には国内外で大火発生。TV画面に広がる炎の光景は、人の制御を離れた化学反応の恐ろしさを示していた。そのうちの香港の高層ビル火災。100メートル以上ありそうな8棟のマンションの窓から炎と黒煙が噴き出し、ビルの外面を下から最上階まで炎の柱が上っている。
今はやりの生成AI合成画像ではないかと思うほどの光景で、各ビルの全戸が一斉に燃え上がっているように見えるのがなぜか、理解出来なかった。修繕工事風だったという全ビル外面に巡らされた工事足場が竹組みで、窓はなぜか発泡スチロールで覆われていたと伝えられると、さもありなんと少し理解が進んだが、人的被害、物的被害どれだけに及ぶのか気がかりな中で、防災専門家の解説が進む。
これだけの大規模火災になった要因は、建物・内装の耐火性、防火性の問題、全体構造が火の回りを強めるものであったなど、法的不備・技術的問題様々な問題点を挙げ、更に、現在の日本では、耐火性・防火性、逃げ道の確保など対策は行き届いていて、こんなことにはならないと説明があり、ああ良かったと安堵の思いだったが、この説明、かなりひっかかった。
「日本は安全・安心」どこかで聞いた。そう、あれ。40年ばかり前に起こったウクライナチェルノブイリ原発の原子炉爆発事故。大量の放射能が拡散された大事故に世界が驚き、日本でも日本の原発は大丈夫かと大問題になったとき、事業者、政府、学者、口を揃えて、日本の原発はあれとは方式も異なり、制御技術も違うから、大丈夫。日本ではあんな事故は絶対に起こらないと安全宣言。これを信じて全国民安心し、原発電力に依存して生活していた。
そこへ3.11東日本大震災。津波、停電、原子炉溶融、放射能拡散。絶対安全は何だったのか。同じ事故は起こっていなかったのかもしれないが、同じ結果は起こってしまった。これでは安全宣言の意味はない。信じる者は誰もなく、絶対安全は神話として記憶に残るのみとなった。
海外ビル火災の惨状を前に、日本では起こり得ない大丈夫と説かれても、記憶に残る安全神話を呼び起こすだけ。絶対安全などあり得ない。同じ事が繰り返されなくても、同じ結果をもたらすことが起こり得る。
それはどのような場合に起こるのか、そうならないためには、社会の仕組みをどのようにし(どのような法を作り)、どのような心構えで、どのような技術を開発しなければならないのか、そうしたことを語り聞かせて欲しかった。
この解説者が、かつて日本原発安全を宣言し、その後どこかへ消えてしまわれた原子力問題権威者の先生のようにならないことをお祈りする。
(カナダ友好協会代表)
