コラム・エッセイ
新年の願い
新しい出会いに向けて-この町・あの人・この話- 浅海道子明けましておめでとうございます。本年もよろしくお付き合いお願いします。
気温上昇、海水温上昇の地球温暖化でも先人の残した小寒大寒の言葉は立派に生きていて、冬はやはり寒い。2026年の年明けは自然界も、人間界も互いに暴威を競うような幕開けとなっているが、何はともあれ、健康第一に、一日一日を元気に過ごしたいと願っている。
年の初めには老いも若きも、この年自分が何をするのかどんな経験をするかを想像し考えて、行動計画を立てることになる。とりわけ若い世代では、自分という粘土をどんな形に作り上げ、彩ろうかと思いを馳せることもしばしばだろう。こんな風になりたい、こんなことをしたい。未だ見ぬ将来を想像し気持ちを高ぶらせることは若さの特権で、こんなことをしてこんなになったと、過ぎた時間を振り返って訪れる高齢期の安息と寛ぎでは釣り合わぬほどのプレゼントだと思う。
そんな若者達と交わす新年のおしゃべりの中に毎回交えるクイズが一つ。
「誰にも、こんなことをしたい、こんな風になりたいと思う夢や希望があるよね。叶えようと掲げるものを目標という。」「ここで問題。夢と目標は同じものかな?違うとすれば何が違う?」と聞く。
「あー、それ、いつか聞いた」と即答する子もいるが、大抵しばらく考えても言葉が出てこない。
ここでおもむろに姿勢を改め、厳かに答を告げるなに「夢と目標は違うもの。何が違うか。それは時間の関わり方。夢や希望はああしたい、こうなりたいという内容だけだが、目標にはそれをいつまでに叶えるのかという時間がついている」
「いつまでに叶えるかが決まると、そのために何をしなければならないかという計画が出来、行動が始まる」
「目標達成のために計画を立て行動を積み重ねることを努力という」
話はここでは終わらない「努力の結果がどうなるかを決めるのは『運』だ。運が自分に都合よく働くかどうかは分からない。それは神様が決めること」
「なーんだ。運で決まるのなら努力する必要ないじゃないか」
「それは違う。目標達成に必要なことは努力と運だが、自分に出来ることは努力のみ。努力しないと目標達成は出来ないのだ。最後の決め手が運だが、運は努力についてくるというのが人類の経験則になっている。目標達成には努力あるのみ」
「で、次の質問。努力しても運悪く達成できなかったときはどうする?」
「?」
「やり直すこと。うまくいかなかったときはもう一度努力する。それが若者」
「やり直しに必要なものは気力と体力。心と体の健康。健康こそ夢を叶える最大の必要条件」
だから、新年の願いは夢の実現より先に、老いも若きも「今年も健康に暮らせますように」だねと、新年のおしゃべりの締めくくりとなった。
(カナダ友好協会代表)
