コラム・エッセイ
悪い文字 悪いことば
新しい出会いに向けて-この町・あの人・この話- 浅海道子少し前のことになるが、作家五木寛之さんの新春インタビュー番組があった。
93歳の今日までの来し方を振り返った人生論を淡々と語りつなぐのを、自分とも多少は重なる体験に照らし合わせながら聞き入っていた。その中でご自身の癌体験について話されたところで「癌という字が悪いんだ」と言われたのが印象に残った。癌にも様々な状態(ステージ)や病態(胃がん、肺癌など)があり、治療法、取組み方も様々なのだが、一様に「がん」と言われると受け止め方も心構えも同じ深刻さになってしまう。
それに、あの「癌」という字が悪い。と語られた。どれも皆大変な病で、かかると誰でも落ち込んでしまう思いに襲われるのだろうが、それに「癌」の文字がついてくると一層深刻さが深まってしまう。
文字の持つ圧力が状態悪化を加速させてしまうということか。それを聞いて、なるほどその通りと思ったのだが、同時にもう一つの悪例のことが頭に広がってきた。
自分のいる社会環境に馴染めず、受入れられない、味方がいない思いに学校から職場から身を引き行動できない状態になったときに付される「ひきこもり」という呼称。
様々な原因があり、状態も様々であるのに一様に「ひきこもり」と区分される。新型コロナウィルスが原因で発症したものなら全て「新型コロナウィルス感染症患者」と名付け、同じ方法で治療し、ワクチン接種で予防を図ることが出来る。病歴に「新型コロナウィルス感染症罹患」とためらいなく書くことも出来るし、周囲社会が違和感を持つこともない。
しかし、「ひきこもり」には違和感しかない。ひきこもり状態で過ごした経験を覚悟なく公言することは出来ない。「2年浪人して大学入学」は本人も公言できるし、周囲も笑って受止める。それで本人が傷つくことは少ない。「ひきこもり」は違う。傷つくのだ。なぜか?ことばが悪いのだ。
例を挙げよう。「キャビンアテンダント募集」に天下の才媛が大挙応募するのは何の不思議もないが、「航空機内女性雑用係募集」のような募集広告を見て、果たして何人が応募するだろうか?
もう一つ。「障害者国際競技大会」を「パラリンピック」と名付けることで、障害を持つアスリート達の参加意欲が向上し、競技会への世界の関心も高まった。呼称を変えることは単に言い換えるだけのことではない。対象となるもののイメージや本質さえも変えてしまうこともあり、いい呼称を持つことは問題への理解を深め、解決の決定打になることもあり得る。
周囲から逃れ、何も出来ないでいることを暗示する「ひきこもり」という「悪い呼称」を改め、誰もが受入れ自称出来る言葉を作り出す。そんな活動が広く広がり結実することを願っている。
(カナダ友好協会代表)
