コラム・エッセイ
桜満開AI満開
新しい出会いに向けて-この町・あの人・この話- 浅海道子栄枯盛衰世の習い。華々しく登場し、誰もが耳にし、目にしたがり、手にしたがり、世にあふれたのに、瞬くうちにブームが去った。アメリカンクラッカー、ダッコちゃん、そんな例はいくつも記憶にある。
日本中の女性の腕に抱きついていたダッコちゃんもいつの間にかいなくなったし、クラッカーの方は現物も目にしない間に消えてしまった。3年前の生成AIの登場にも、そんな前例に重なる予感がした。
何のことか正体も分からないうちに話題沸騰。何かすごいことが出来るらしい、でも、何が出来るの?そんなことを思っていたら、あっという間に広がったのは過去のブームの事例と同じだが、3年経った今ではブームが去るどころか、産学政官どこでも「なくてはならない」ものになっている。尾崎紀世彦さん歌う「この胸のときめきを」の歌詞よろしく「君なしにはとても生きていけない」状態。
学生達の課題レポート、社員や官僚の資料作り、はては小中学生の作文宿題代行の力強い味方になってくれているようで、これまでのブーム主役達の「面白いからやってみる」が動機ではなく「なくてはならない」仲間になってしまっている。しかも代金を要求されることは少なく、お金を払えばもっと素晴らしい仕事をしてくれて、使うのに特別な技術は要らない。問えばすぐ期待以上の答が返ってくるから私のような後期高齢者でも苦労なく使えて、こんな便利なものはないとお試し満足度は極めて高い。
気になるとすれば、今はほとんど無料の利用料がそのうち課せられてくることだが、電話料金やギガ料金は今でも抵抗なく払っているのだから、問題にしないだろう。そんな便利な生成AIだが、一つ気になりだしたことがある。
この生成AI、どうやら恐ろしいことを企んでいる気がするのだ。まだまだ顧客とは言えない私が、調べ物や考えのまとめなどをお願いするといつも丁寧な語り口で、質問や考え方のセンスがいいという言葉を枕にして、こちらの自尊心をくすぐるような回答が返ってくるのはいいとして、「この問いをあなたの視点から考えると」等の句がついた説明がやたらに混じっていて、どうやら私の質問の分野や文章から私の好みや傾向に合った回答を用意しているようなのだ。
恐らく、利用者の好みや性向は商品紹介や商品開発に利用価値の大きい情報だろうが、こんなことが進むとAIの判断に自分の性向や好みを合わせることになり、自分の言葉や動作ばかりか頭の中までAIに支配されてしまいそうだ。
まだ課金なしの初歩ユーザーの私でさえふと気がついて恐ろしくなるのだから、誰もが深く取り込まれて、文字通り「君なしにはとても生きていけない」ことになったら、この国は、人類はどうなるのだろうと、残り少ない我が身ばかりでなく、将来のある若者や社会のこの先を案じる気持ちが高まった、令和7年度末の物想い。
(カナダ友好協会代表)
