コラム・エッセイ
年の初めに
新しい出会いに向けて-この町・あの人・この話- 浅海道子平成31年の年が明けた。いつもの年なら新年明けましておめでとうございますで旧年のあれこれをリセットして、全てが新しく始まる気分になるのだが、今年はちょっと様子が違う。4カ月経てばまた新しい年が待っている。天皇の強い意思表明によりご退位が実現し、5月1日から新元号の年が始まる。
1年に2度の新年を迎えるのはこれで2回目となるが、様子は随分違っている。昭和から平成への移りは、誰もがその時が近いと感じていても、その時を待つというのではなく、新しい年の始まりは悲しみの後だということが分っている中でのことだったから、祝賀の気分で迎えられるものではなかった。官房長官が掲げる額に納められた「平成」という文字と、「新しい年号は『へいせい』です」という言葉だけが強く印象に残っていて、その後に続いた様々な行事のことはほとんど記憶に残っていない。
今度は違う。天皇も皇后も、称号が変わるだけで、本当に長い間ご苦労さまでしたとお祝いできる状態での新天皇への譲位だから、全てを祝賀ムード一色で迎えられるのだ。
地震、津波、豪雨など自然災害が多く記憶に残り、社会・経済の変動も多かった印象が強い平成の時代だが、天皇が感慨深く語っておられたように、日本国家が国際紛争の戦場に参加したことはなかった。
明治時代には日清・日露戦争の当事者として、大正時代には第1次世界大戦への漁夫の利的な参戦、そして昭和の世では日中戦争・太平洋戦争の当事者となり、敗戦。近代国際世界参入の夜明けとなった明治以来平成に繋がる元号のそれぞれが国際紛争の戦場に関わって来たことがご自分の代となった平成では避けられたことに、まずは安堵されたのだろう。総合的にはどのような評価となって国民の記憶に残るのかはまだ分らないが、少なくともこのことは平成の時代を語る上で外せないことだろう。
新しい年の元号が何であるのか、天皇が存命中に元号が新たになるのは初めての体験なのでことさら興味深いのだが、日本史を遡れば存命中の改元は通常のことで、最初の元号である「大化」以来「明治」までに245の元号があり、その間天皇は36代孝徳天皇から121代孝明天皇まで86世だから、1世あたり平均3回の改元になる。その間1200年余、ほぼ5年に1度改元があった。年号が社会・経済と強く結びついている今の世で再現されたらどんなことが起こるだろうと、これも興味深いことだ。
(カナダ友好協会代表)
