2026年07月17日(金)

コラム・エッセイ

卯月(一)

随想 季節の中で 西﨑博史(周南文化協会会長)

 もう4月です。花見はいかがでしたか。今か今かと開花を待ちわびる日本人。咲けば満開の桜の下で花見を楽しみ、はらはらと散りゆく花にも心を寄せる日本人。出会いと別れ。卒業、入学、就職と人生の転機に桜が寄り添います。その折々の気持ちが桜に投影されるからか、特別の感情が湧き起こります。

 岐阜・根尾谷の薄墨桜、山梨・北杜市の神代桜、福島・三春の滝桜は日本三大桜として知られます。名だたる桜には長い歴史が秘められていますが、身近な場所の桜にも暮らしに根付いたそれぞれの物語があります。

 着物姿の母に手を引かれて坂道を上った小学校の入学式。満開の桜が祝福してくれているようでした。経済白書で「もはや戦後ではない」と言われた翌年の昭和32年のことです。映画や社交ダンスが全盛の時代。ほかに娯楽は少なく花見は一大行事でした。徳山の名所は今の動物園や文化会館辺りの徳山公園。東京美術学校(現在の東京芸大)で学んだ画家河上大二(1893-1949)の絵「夜桜」(周南市美術博物館収蔵)には三味線の音に合わせて踊り、車座になって楽しむ姿が描かれています。光では附属小・中学校から象鼻ケ岬へ至る室積公園がその場所でした。折箱や重箱には玉子焼や蒲鉾、巻きずし。一升瓶を置いて飲めや歌えの花見の宴。子ども心にも華やいだ雰囲気は大好きでした。千鳥足の酔客も多くて怖い思いをした記憶は今もなお消えません。

 花見の風景も変わりました。周南市の東川や光市の島田川河畔では焼肉やバーベキュー、ビールやワインと宴も多彩でポップな感覚。それもまた良し、です。

 花といえば今は桜を指します。連歌俳諧では春の「花」、夏の「時鳥」、秋の「月」、冬の「雪」を大切なものと捉えて、とくに「花」と「月」を重んじました。桜を特別視することは稲の収穫とも関わりがあります。山の神が里に降りて田の神になる時にまず桜に宿るとされます。花の咲くさまを見てその年の稲の実りを占いました。

 文化会館東隣の祐綏神社例祭は毎年4月3日に催されます。祭神は徳山藩初代藩主の就隆公と9代藩主の元蕃公。花の下、黒神直大宮司が田の神と桜、稲作との結びつきを話されて感銘を覚えたことがあります。年齢を重ねるほどに桜への思いは深まります。花曇、花冷、花衣、花吹雪、花筏…。桜にまつわる季語も豊かです。

 さま〲の事おもひ出す桜かな
             芭蕉

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