コラム・エッセイ
皐月(二)
随想 季節の中で 西﨑博史(周南文化協会会長)光市室積の名刹、峨嵋山普賢寺の普賢まつりが14、15両日開かれて5万人で賑わいました。3年有余のコロナ禍もようやく落ち着いて日常が戻りつつあります。普賢まつりの賑わいはふだんの暮らしが戻る、その喜びにあふれているようでした。
光市をはじめ、近郷近在の人たちにとって普賢まつりは初夏の訪れを告げるとともに、かつては田植えの準備に入る前の大切な年中行事でした。露店には農機具や麦わら帽子、茶わんやお皿などが所狭しと並べられて参拝客は競うように買い求めていました。
今と違って時がゆっくりと流れていたように感じます。「普賢さま」が終わると田起こし、水張り、苗作りと農作業に大わらわです。梅雨入りとともに田植えをしていた記憶があります。小学校からの帰り道、農家の人たちが助け合って苗を手植えする姿を立ち止まってじっと眺めていました。横一列に並んで植えていく手際の良さ。その美しさに見とれていたのです。
日本人の暮らしは米作りとともにありました。山の神が里に降りて田の神になる時に桜に宿ります。開花の様子でその年の稲の実りを占い、田植えのあとは草取りをしながら夏の盛りに虫追い神事の青田祭り。夏の日照が稲を育てます。稲穂がたわわに実ると秋の収穫。山里は黄金色に輝きます。空を映し出す鏡のような水田、苗が伸びて風に揺れる青田、きらきらと光に映える稲田の風景は実に美しいです。
耕作地を求めて山の斜面を切り拓いた段々畑。棚田は先人たちの汗の結晶です。秋は収穫の喜びがあふれます。文部省唱歌の「村祭」の二番がその様子を伝えます。
年も豊年満作で
村は総出の大祭
どんどんひゃらら どんひゃらら
どんどんひゃらら どんひゃらら
夜まで賑う宮の森
鎮守の森の秋祭りです。
生まれ育った滋賀を拠点に自然と人間の暮らしを見つめる写真家の今森光彦さん。68歳。若いころから世界各地の自然や風景を撮影してきましたが、インドネシアのバリ島で棚田の美しさに心を奪われました。帰国して故郷で目にしたのも棚田でした。身近にある豊かな里山の暮らしを再発見したのです。大地に生かされて農作物と人、昆虫、小動物が見事に調和しています。
自然とともにあった人間の暮らし。自然への崇拝、感謝を忘れずに「農」とともに生きてきた日本人の営み。米作りは自然に思いを致す道ではなかったかと田植えの季節に思います。
