コラム・エッセイ
水無月(一)
随想 季節の中で 西﨑博史(周南文化協会会長)若葉から新緑へ、新緑は深緑へとその色を濃くしてきました。気がつけば6月。山口県の梅雨入りは5月29日。平年より6日も早くて驚きました。梅雨の頃に梅の実は大きくなります。色づく前の青梅を収穫して梅干し、梅酒作りに忙しい日々でしょうか。
葉がくれにありと思ほゆ実梅かな
高浜虚子の句に写生の確かさを感じます。遠くから見ているとよくわかりませんが、近づくと梅の実がこんなにも成長していたことにハッとさせられます。
初夏の水辺には蛍が飛び交います。「あっ、蛍が飛んでいる」。日が暮れて辺りが闇に包まれる頃、神秘的な光を明滅してふんわりとゆるやかに舞う蛍を見つけました。
新聞やテレビの報道も季節の風物詩として取り上げます。源氏蛍が多く生息する山口市の一の坂川一帯。麦わらで作った「蛍かご」が軒先で風に揺れてくるくると回ります。長門市俵山の七重川、岩国市錦町の府谷、周南市では長穂から大道理にかけて、鹿野の大潮も蛍の名所として知られます。
蛍に魅了されるのは何故でしょう。短い命、お尻から発する青黄色の蛍火。蛍は卵から成虫になるまでのどの時期も光を放ちます。幻想的な光、蛍火という語感から古典的な匂いを感じるのでしょうか。源氏物語には蛍の巻名があり、紫式部が執筆した近江の石山寺辺りは蛍狩で名高いところでした。
ゆるやかに着て人と逢ふ蛍の夜
桂信子の作品。大正3年(1914)大阪生まれ。90年の生涯を俳句に捧げた俳人。私の好きな一句です。
人に逢うために出かける。しかも蛍の夜に。「ゆるやかに着て」は和服でしょう。ふたりは川のほとりで水の香りに包まれて蛍を眺めている。いやいや、水辺にしゃがんで蛍を手の裡で見つめているのかもしれない。
想像をたくましくさせる名句です。
明治39年(1906)千葉・鴨川生まれ。51歳で銀座に小料理屋「卯浪」を開いた俳人鈴木真砂女にはこんな一句があります。
女一人目覚めてのぞく蛍籠
「いのちははかないものなので、朝目覚めると籠を覗く。一匹が横たわっているとその朝は何となく心が暗い」。真砂女の心情。若き日を激しい恋に生きた女の孤独感が漂います。平成15年、96歳で没。
同時代を生きた二人の女流俳人の生涯に思いを馳せます。
