コラム・エッセイ
再び文月(二)
随想 季節の中で 西﨑博史(周南文化協会会長)暑い盛りです。20日は土用の入り、30日は土用の丑の日にあたります。土用は四季の変わり目となる立春、立夏、立秋、立冬のそれぞれの前18日間ほどを指します。夏の土用が重視されたのは、体力を消耗するこの時季を無事に乗り切ることが大切だったからです。
土用の丑の日に欠かせないのが鰻。滋養豊富な鰻を食べる習慣は昔からありました。日本最古の歌集「万葉集」に大伴家持がこんな一首を詠んでいます。
石麻呂に吾物申す
夏痩に良しといふ物ぞ
鰻漁り食せ
(岩波文庫新訂『万葉集』)
「石麻呂殿にご忠告申し上げます。夏痩せに良いというものですよ。鰻を捕って召し上がってください」。題詞に「痩せる人を嗤笑へる歌」とあり、家持が吉田老(字が石麻呂)を揶揄して詠みました。この季節によく取り上げられる歌です。
鰻は古代からスタミナ食でした。真夏に鰻を食べるようになったのは江戸時代からで、医者、発明家として知られる平賀源内が広めたとする説が有力です。鰻の生産者や料理店にとっては「平賀源内様々」でしょう。職人が焼き台の上でたれをつけた鰻を焼いているといい匂いが鼻をつきます。たれが炭火に落ちて香ばしさが鰻に跳ね返り、うまみが増していきます。思わず足を止めて暖簾をくぐります。
私は鰻が大好物。思い出も折々にあります。大学に入学した時に神戸・元町の老舗で母と二人で食べました。あんなに美味しい鰻は初めて。下宿生活、学食での日々。たまに大阪・梅田にも出ました。旭屋書店に寄って曽根崎辺りのお店に入った時のこと。かば焼きを食べて支払う段になって財布を忘れていたことに気づきました。学生証を見せて事情を話し、桃谷の親戚宅まで小一時間歩いてお金を拝借、またお店に戻って一件落着。この大失態には今でも苦笑いです。
社会人になって出張などで上京すると蕎麦と鰻のお店が多いなと思いました。江戸の庶民の食文化が今に伝わっているのでしょう。有名なのは浜名湖の鰻。縁者に浜松市郊外のお店で鰻のフルコースをご馳走になり感激しました。名古屋の熱田神宮近くの「ひつまぶし」、高知・四万十川河畔での「うな重」、福岡・柳川のお堀端での「せいろ蒸し」も忘れられない味です。水郷柳川で育った北原白秋も口にしたことでしょう。
鰻の話ばかりで恐縮です。かば焼き、わさびを添えた白焼き。鰻を食べて夏を乗り切りましょう。
