コラム・エッセイ
再び 葉月(二)
随想 季節の中で 西﨑博史(周南文化協会会長)お盆を過ぎてツクツクボウシの鳴き声を耳にすると「あゝ、夏休みもあとわずか」と子どもの頃は寂しさを感じていました。セミやトンボを追ったり、魚を釣ったり、楽しい夏休みはあっという間に過ぎ行き、宿題もまだ片づけていなくて切なくなりました。8月も残り1週間。いつもあの頃の夏の終わりを思い起こします。
23日は二十四節気の「処暑」。暑さが収まる頃です。近年は残暑が収まるどころか、秋の彼岸を過ぎて10月の声を聞いても暑い年があります。国連のグテレス事務総長が「地球沸騰の時代到来」と警鐘を鳴らすのも頷けます。
23日と24日を中心に行われる地蔵菩薩の縁日が地蔵盆です。地蔵会とも地蔵祭とも言います。辻々や路地裏の地蔵堂の地蔵さまのよだれ掛けを新調、提灯をつるし、果物や菓子をお供えします。子どもたちはお参りして供え物をもらって帰ります。鎌倉時代以降、子どもの守護仏としての地蔵信仰が定着し、とくに近畿地方で盛んです。19歳の夏、京都の真如堂辺りで見かけた光景が今でも目に焼き付いています。
辻ごとに比叡の見ゆる地蔵盆
山田ひろむ
日本のよき風習だなと思いました。わが家の近くのお墓の入口にも六地蔵があります。誰がお世話されているのでしょう。前垂れを掛けていつもお墓参りする人を見守ってくれているようで思わず微笑みかけます。
信州の安曇野を旅した折に道端で石造の道祖神を見かけたのは41歳の夏でした。北アルプスの常念岳を身近に感じて暮らしている人たちの思いを知るようでした。日々の生活の平安、道行く人の旅の無事を祈る気持ちが田園風景に道祖神を建立させたのでしょう。安曇野は日本の近代彫刻の先駆者、荻原碌山(本名・守衛)のふるさとで、小さな教会風の建物、碌山美術館は道祖神とともに強く印象に残っています。21歳で上京、23歳でニューヨーク、25歳でパリへ。絵画から彫刻へとロダンの影響を受けてあの名作「女」を残しました。明治43年、東京にて32歳で病没。脳裏に浮かんだのはパリでも東京でもなく安曇野の美しい風景だったかもしれません。
秋来ぬと目にはさやかに見えねども
風の音にぞおどろかれぬる
(古今集・秋上・一六九)
立秋の日に詠んだ歌。まだ暑いのに風の音を聴覚で捉えた平安前期の歌人、藤原敏行の感性は鋭いです。処暑の今、窓の下では虫の音が聴こえます。
