2026年05月01日(金)

コラム・エッセイ

再び 卯月(二)

随想 季節の中で 西﨑博史(周南文化協会会長)

 若葉が美しい季節です。新入生や新入社員も新しい生活に慣れてきた頃でしょう。19日は二十四節気の「穀雨」。春雨が穀物を潤します。現代人には耳慣れない言葉かもしれません。さまざまの作物が私たちの生命を育みます。

 戦後は食糧難でした。終戦とともに戦地から引き揚げた人たちの多くはしばらく疎開先で暮らしました。やがて仕事を求めて新天地に動いていきましたが、食べるのが精一杯の時代でした。荒廃した国土の中で復興をめざして働く国民の心に希望の光を投げかけたのがラジオから流れる歌でした。

 昭和21年8月25日に初めて放送された「みかんの花咲く丘」は放送終了と同時に大反響を呼びました。翌年のラジオドラマ『鐘の鳴る丘』の主題歌「とんがり帽子」も夕方になると子どもらがラジオの前に集まって聴き入りました。24年には尾瀬の水芭蕉を一躍有名にした「夏の思い出」、女学生に人気の「さくら貝の歌」と「あざみの歌」が世に出ました。国民を勇気づけたこれらの歌は今も歌い継がれます。

 昭和27年から29年まで放送された『君の名は』、32年から34年までの『赤胴鈴之助』も懐かしいラジオドラマです。空襲の下、有楽町で運命的に出会った氏家真知子と後宮春樹を主人公にした『君の名は』は放送時に銭湯がガラガラになったという逸話も。わが家も土間の台所を上がった居間で食卓を囲みながら食器棚の上に置かれた大きなラジオに耳を傾けました。

 昭和29年から31年にかけて春日八郎の「お富さん」や「別れの一本杉」、三橋美智也の「哀愁列車」や「リンゴ村から」が大ヒット。父と母が好きだったので、まだ小学生の私もいつの間にか口ずさんでいました。
 
朗らかに子らも大人も「お富さん」
唄ひし頃の昭和懐かし

 昨年10月23日の読売歌壇。日立市の鶴岡育枝さんの一首。12月7日の産経歌壇には大阪市の佐々木武さんのこんな一首も。石原裕次郎と水原弘の歌を「赤」「黒」で効果的に詠みました。

流れくる遠き昭和の歌謡曲
赤いハンカチ、黒い花びら

 昭和40年代の学生の頃に聴いていたのはニッポン放送の人気深夜番組「オールナイトニッポン」。身近にあったラジオは友だちのような存在です。今もわが家には各部屋にラジオがあります。戦後の暮らしに、家族の団欒に寄り添ったラジオ。今もラジオとともに豊かな時が流れます。

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