コラム・エッセイ
再び 皐月(二)
随想 季節の中で 西﨑博史(周南文化協会会長)若葉が新緑へとその色を濃くします。山を目にすると色とりどりの緑がパッチワークのように映ります。さながら1枚の美しい絵です。四季折々の山の表情を「山笑ふ」「山滴る」「山粧ふ」「山眠る」と言います。春山の「山笑ふ」から夏山の「山滴る」へ移りゆく季節です。
故郷やどちらを見ても山笑ふ 正岡子規
樫や椎などの広葉樹が山を豊かにします。滴る緑も秋には紅葉して山を粧い、落葉すると山は眠るがごとく冬景色となります。照葉樹林帯に属する日本の風土が生み出す美しい風景です。山歩きをしても、ドライブしても緑がまわりを包んで清清しいです。
山口市の宮野、仁保を抜けて国道376号の荷卸峠を越えると遠くに徳地や鹿野辺りの中国山地の山並みが広がります。かつては仁保方面から徳地和紙の原料となる楮を運んでこの峠で荷をおろして一服したことに由来するとか。徳地の堀から島地、和田へと続く島地川沿いの風景も緑に映えます。
徳佐から国道315号を野道峠へ向けて走ると、正面の山容がさながら鳥取・大山へのドライブコースを思わせます。さらに徳地の柚木河内から河内峠を越えると大潮へ。島根県の柿木村にかけて広がる莇ケ岳の登山口に差し掛かります。旧大潮小学校辺りの山腹は実に美しいです。かつては鹿野パブリックスキー場があって昭和40年代の高校生の頃、徳山駅からバスに乗って出かけたことがあります。当時は徳山山岳会の呼びかけで「莇ケ岳の自然を守る会」が発足、ブナ天然林を残せと林野庁の伐採計画への反対運動もありました。
須々万に住む人にとって緑山はふるさとの山。誰もが一度は登る山です。徳山に出るには杉ケ峠を越えなければなりません。峠を越えると遥か先に徳山湾が見渡せます。一気に視界が開けます。「あゝ、海だ」「海が見えた」。そんな旅人の声が聴こえそうです。山里で暮らす人は海にあこがれます。
彼のあたり二十の前の我を知る
蛇島仙しま黒髪の島
周南市の太華山に建立されている与謝野鉄幹の歌碑。明治23年から3年間、実兄に招かれて徳山に赴き、私立徳山女学校で国漢の教師をしていました。太華山も緑が茂ります。先日久しぶりに山頂へ。没する前年の昭和9年に徳山を訪れてこの一首を詠んだ鉄幹の心境を思いながら眼下の島々を眺めました。
