コラム・エッセイ
再び 水無月(二)
随想 季節の中で 西﨑博史(周南文化協会会長)ようやく17日、山口県も梅雨入りしました。平年より13日、昨年より19日遅い梅雨入りでした。
梅が青い実をつける今の季節は、梅干や梅酒作りに追われますが、今年は様子が違います。「梅が不作」「梅が十分実らない」といった会話が交わされます。暖冬や開花後の気温低下などの理由で和歌山県や大分県など主要な産地は大打撃。山口県でも防府天満宮や光市の冠天満宮などはいつものように梅の収穫ができないと嘆いています。
梅干は梅酒と並んで日本の風土と生活の知恵から生まれました。私たちの日常の食生活に欠かせません。常備されている家庭が多いでしょう。
梅を干すほとりに何時も母の影 古賀まり子
青梅を塩漬けにして梅酢を作り、梅だけを取り出して天日に干します。再び赤紫蘇を入れた梅酢に漬けなおします。昼は干し、夜は漬け、の作業を何度か繰り返すと貯蔵に耐える梅干ができます。「三日三晩の土用干し」といって夜露にあてる場合もあります。白い割烹着姿で精を出す母の面影が浮かびます。
田布施町の農家に生まれ、光市に嫁いだ母は昭和59年、67歳で他界しました。平成の世になっても母の残した梅干や梅酒を口にするたびに愛おしさが募ります。「もっと親孝行をしておけば」「母の幼い頃の話をもっと聴いておけば」。そんな後悔があります。元気でいるのが当たり前と思っていました。別れて初めて知る親の愛、親の恩です。
齢を重ねると辛い別れが続きます。5月16日に男声合唱団の仲間が59歳の若さで病に倒れました。小学校の教員として、最後は校長として子どもの教育に情熱を注ぎました。定年まで1年を残して今春退職、その直後の旅立ちでした。優しい眼差し、温かい心で誰にも接した素敵な教師でした。
6月17日には高校時代の同級生で親しくしていた友人が73歳で逝去。トクヤマ役員のあと、関連会社の社長を務めてようやく肩の荷を下ろしたばかり。晩年は病と闘いながらの壮絶な人生でした。「正々の旗、堂々の陣」を掲げて真正面から挑んだ人生はあっぱれです。酒を飲むとよくアリスの『遠くで汽笛を聞きながら』を歌いました。「自分の言葉に嘘はつくまい 人を裏切るまい」。この一節に共感。彼の生き方そのものでした。
豊かな時を与えてくれた友に感謝します。炭酸で割った梅酒を飲みながら友と過ごした楽しい日々を思い起こします。
