コラム・エッセイ
再々 霜月(二)
随想 季節の中で 西﨑博史(周南文化協会会長)秋のさなかに寒さが舞い降りていきなりの冬支度です。気温がグンと下がって木々の葉が一気に色づきました。年賀状が売り出されて喪中のはがきが毎週のように届きます。故人を偲びながら晩秋の寂しさが身に沁みます。
枯葉が舞い落ちます。寺社の参道や公園の広場は赤や黄色の落ち葉に彩られて晩秋の景色です。シャンソンの「枯葉」がどこからともなく聴こえてくるようです。今から10年前の秋、パリのリュクサンブール公園を歩いた時にこの歌にふさわしい情景だなと感じました。
枯葉は散りて積る
想い出も悲しみも
北風は運ぶよ
冷たき夜に
忘られぬ歌は
恋し君の歌
(「枯葉」一節。佐藤美子・下中邦彦訳詩)
愛し合った二人。輝いていたあの日を思い出しながら別れの切なさを歌い上げた「枯葉」。私とシャンソンとの出合いはイヴ・モンタンの1枚のレコード「枯葉/イヴ・モンタン ジャック・プレヴェールを歌う」でした。イタリアに生まれ、フランスで俳優、歌手として活躍した彼が世に出るきっかけを作ったのは、あの有名な女性歌手エディット・ピアフ。「枯葉」は1946年にマルセル・カルネ監督の映画「夜の門」の中でイヴ・モンタンが歌い、翌年楽譜が出版されて知られるようになりました。このレコードは彼が13年ぶりにオランピア劇場に復活した1981年、これを記念して新しいアルバムとして出されました。
「シャンソンは3幕物の芝居である」と言われます。人生のドラマを綴った語りの世界でもあるシャンソンを歌うには歌唱力だけでなく演技力も要求されます。齢を重ねて人生の哀歓を知るとともにシャンソンが胸に響きます。エディット・ピアフ、ジョルジュ・ムスタキのレコードを買い、来日したジュリエット・グレコを大阪フェスティバルホールで聴きました。銀座7丁目にあった日本初のシャンソン喫茶「銀巴里」では小海智子、瀬間千恵らのライブを、また美しい言葉が出色の堀内環リサイタルを四半世紀前に東新橋のヤクルトホールでも鑑賞。まるで芝居を見ているような舞台でした。
シャンソンに魅了された人たちはシャンソンを歌い続けます。「周南シャンソンを楽しむ会」の人たちもそうです。みずからの人生を重ね合わせて。「さくらんぼの実る頃」「街燈」「私の孤独」「人生は過ぎゆく」「愛の讃歌」などを聴いていると胸が熱くなります。そこに歌い手の人生があります。
