2026年05月01日(金)

コラム・エッセイ

再々 如月(二)

随想 季節の中で 西﨑博史(周南文化協会会長)

 睦月、如月と月日が流れていよいよ弥生へ。日本の言葉の美しさをかみしめながら春を迎えます。

 ラジオから始まった日本の放送が3月で100年。非営利の社団法人として設立された東京放送局は、民間資本を基盤として大正14年(1925)3月22日に定時放送を開始。初代総裁は後藤新平でした。大阪と名古屋が続き、逓信省は翌年に3局を統合して日本放送協会(NHK)を設立しました。強い国家統制の下、太平洋戦争中は戦意高揚のために使われ、国民を戦争に動員する役割を果たしました。

 戦後はその反省から民主主義の発展に資する言論機関として「放送の多様性、多元性、地域性」の理念で独立した企業体によって営まれるようになりました。いわゆるローカル局ですが、実際は在京の放送局(キー局)による系列化、新聞社の資本参入による中央化が進み、その流れで今日に至ります。昭和28年(1953)にテレビ放送も始まり、昭和34年の皇太子殿下・美智子妃殿下のご成婚を契機にテレビは全国に普及していきました。

 戦前、戦中、戦後にわたり、ラジオは新聞とともに暮しに欠かせない身近な存在でした。わが家にも水屋(食器棚)の上に四角い箱のラジオを置いて家族で聴いていました。荒廃した戦後の国民の心に希望の灯を点したラジオドラマやラジオ歌謡が人気を集めました。「鐘の鳴る丘」や「君の名は」「赤胴鈴之助」などのドラマに胸が高まり、「朝はどこから」や「山小舎の灯」「みかんの花咲く丘」などの歌に人々は励まされました。

 昭和39年の東京オリンピックをきっかけにテレビは白黒からカラーへと移り、日本の高度経済成長とともにテレビ全盛の時代に入りましたが、それでもラジオはパーソナリティーが自分に語りかけているような気分になれる「ぬくもりのある」媒体として魅力的です。ニッポン放送の深夜番組「オールナイトニッポン」やNHKの「ラジオ深夜便」は根強いファンを抱えています。真空管でラジオを作ったり、「基礎英語」や「百万人の英語」を聴いたり。野球や相撲の熱戦にも興奮しました。

 ラジオはどこか懐かしく、情報や映像がデジタル空間で飛び交う時代に音だけというシンプルさが際立ち、想像力を育みます。病床にあってさりげない言葉に勇気づけられたのもラジオでした。今も私の暮しに寄り添います。

 土筆摘む「リンゴの唄」を口遊)み

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